新婚旅行リベンジ・編・35



最後の夜を飾ったのは、宿泊するホテルの最上階に構えるレストランだった。

いかにも高級そうなそのレストランは、ドレスコードがあるのは当然の事ながら、VIP特典の為一定のクラス以上の宿泊客か特別な会員しか入店できないらしい。

どこか萎縮しながらフロアを進む幸田に対し、三城はいつもの事ではあるが堂々たる立ち振る舞いだ。

後で聞いた話ではあるが、ここへも何度か来た事があるのだという。

落ち着いた雰囲気の年配のボーイに案内をされ、窓際にセッティングされたゆったりとした二人掛けの席に落ち着いた。

ガラス張りの窓から広がるのは一面のニューヨークの夜景で、極彩色に輝くそこを宝石箱と例えるのはベタ過ぎるだろうか。

幸田が夜景に視線を奪われている隙に三城はオーダーを通していたようだ。

気がついた時には、何も無かったはずのテーブルの上は赤ワインと魚介類のオードブルで彩られていた。

「・・・」

目にも鮮やかな料理と美味しいワイン、その上目の前の三城がゆったりと微笑んでいるとなればこれ程の贅沢も無い。

三城が選んでくれた幸田にも飲みやすいワインで喉を潤わすと、幸田はしみじみと呟いた。

「いよいよ、帰国か」

長い長いと思っていた旅行は、いざ過ごしてみるとあっという間だった。

この数日間、色々な事をした。

初めての海外の地というだけでまず興奮したし、パーティーに参加したのもそうだ。

観光も行ったし、ショッピングもした。

呆れるほどにSEXもしたし、結婚式を挙げた。

そして何よりも、こんなにも沢山の時間を三城と一緒に過ごしたというのが一番嬉しかったのだと言えば、彼は呆れるかもしれない。

「凄く楽しかった。連れて来てくれてありがとう」

「いや、俺の方こそパーティーにまで付き合わせて悪かったな。つまらない出張の合間の時間をお前と過ごせて幸せだった」

その上、と続けそうになった三城は、けれど言葉を濁しただけで一人クスリと笑った。

「今日もローランに会ったのだが、恭一を褒めていた。俺が惚れるのも理解出来るとな」

「そ、そんな。別に僕は・・・」

世界に名だたる大会社の社長に褒められるなど、身に覚えがないだけに嬉しいを通り越して恐縮だ。

舐める程度しかアルコールを摂取していないというのに頬が赤らむ。

「・・・・お前が居てくれるなら、何処へまでも行けそうな気がする」

空になったグラスをテーブルに戻し、三城はそこを見つめたまま呟いた。

それはとても真面目な声で、不意打ちの彼の言葉に気の利いた反応も出来ない。

「春海さん?」

何を言っているのか。

まるで独り言のような呟きを残し、三城は視線を上げると───悠然とした笑みを浮べた。

高慢で自信家で。

人を小馬鹿にしたようないつもの彼ではなく、もっと強く大きなモノを感じる表情である。

視線を惹きつけられて反らせないまま、続けられた三城の言葉を聞いた。

「今月20日付けで、日本支社の副支社長に昇格する事になった」

一瞬、時が止まったようだ。

秒針が一つ動くのにとても時間が掛かっているようで、三城の言葉を理解するのも実際よりも多くの体感時間を要してしまった。

「───え?・・お、おめでとう!おめでとう、副支社長って凄い。あの大きなビルで二番目に偉いって事だよね?」

「そうなるな。とはいえ、暫くは今までの海外営業部長と兼任になるから、恭一にも迷惑と負担をかけるかもしれない」

「そんなのは全然気にしなくて良いよ。春海さん、お仕事頑張って」

「喜んでくれるのか?ありがとう」

「春海さんの昇進なんだから、喜ぶに決まってるよ」

綻ぶ頬を抑える術もなく、幸田は満面の笑みを惜しげもなく浮べた。

己の事のように嬉しくて、嬉しくて。

何度も言いたい程、本当に嬉しかった。

口にはしなかったが、幸田は三城が本社転勤の話しを断った時から何処か負い目を感じていた節がある。

自分のせいで、三城の将来を潰してしまった。

彼はもっと高い場所へ行ける人だろうに、自分という低価値な枷のせいで狭い場所に留まらざるを得なくしているのではないか。

世界で一番愛している彼の人生を、つまらない物にしてしまっているような気がしてならなかった。

けれどもし、二人で歩むと決めた選択の先にも、三城の明るい未来があるならばとても嬉しい。

自分勝手な浅ましい考えかも知れないけれど。

「社長に言われたんだ。『何故世界を諦めたんだ?』と」

熱くなる胸の中で想いをかみ締めていた幸田に、三城の声がどこか遠くに聞こえた。

「・・・え?」

「確かに俺は自らの意思で日本に、恭一の側に居る事を決めた。けれど、それと夢が叶えられないというのはイコールではなかったんだ」

「それって?」

三城の言葉は、時に難解で解り辛い。

彼の頭脳が素晴らしいからか、幸田が理系向きの頭に出来ているからか。

遠まわしなセリフは「?」が浮かぶばかりだ。

「俺は変に拘り過ぎていたようだ。日本に居てもそこで世界を動かせば良いだけだ。アメリカが世界の中心であるという訳ではない。俺の居る場所を世界の中心にすれば良いのだと、ようやく気がついた」

「・・・」

やはり三城は気高い。

世界を動かすなんて大それた事を口にしていても、全く夢物語に聞こえはしなかった。

きっと三城は、近い将来そうしてしまうのだろう。

悠然と微笑む三城に、憧れと尊敬と、そして強い恋心を感じた。

───やはり、どうしよもないまでに彼が好きだ。

「僕は何も手伝えないし、支えるなんて偉そうな事も言えないけど、応援だけは出来るから。いつでも春海さんの一番の味方で居させて」

「ありがとう。俺はお前が居るだけで十分なんだ。そのうえ応援までしてくれるなら、何も怖い物はないな」

ありがとう。

もう一度唇の中で呟くように小さく口にし、三城は傍らのワインボトルを手にすると空になっていた幸田と己のグラスに赤い液体を注いだ。

「春海さん、僕も───」

貴方が居るだけで十分なのだと言いたい。

けれど、音も無く現れたボーイが料理を運んでやってきたので、思わず口をつぐんでしまった。

結局、タイミングを逃してしまいその続きの言葉を伝える事はなかったけれど、よく考えるとここは異国の地で全員が日本語を解る訳ではないのだからボーイなど気にせず言ってしまえば良かったと、少しの後悔を残した幸田なのだった。




 
*目次*