新婚旅行リベンジ・編・5



さすが三城が勧めるだけあって、訪れたイタリアンレストランはパスタからデザート・ドリンクまでどれもが絶品だった。

幸田が注文した‘アサリとベーコンのトマトソースパスタ”は程好く酸味がきいていたし、セットのドルチェも甘みが抑えられており甘い物をあまり食べない三城も難なく食していた。

「おいしかったです。ごちそうさまでした。」

「気にいってもらえて何よりだ。」

店の雰囲気も良く料理の量も適度だったし、腹が満たされれば自然と上機嫌になった幸田は、当然のようにレジに立つ三城の隣で満足げに笑った。

「また来たいです。」

「そうだな。お前が言うならいつでも来よう。」

釣られたように微笑を浮かべた三城は、カウベルを鳴らしながら外に出ると腕時計をチラリと見る。

「ちょうどいい時間だな。」

「どこに行くんですか?」

「あぁ、ちょっとな。」

それでは全く答えになってなどいない。

だが三城が曖昧な答えを寄越す時はどんなに聞いても答える気がない時だと学習していた幸田は、ため息を飲み込んで大人しく助手席に座った。

三城の独断選考などいつもの事で、一々腹を立てていては三城の存在まで否定しかねない。

会話らしい会話もないまま窓の外を流れる風景を眺めていると、左手が大きな手に包まれた暖かさと満腹感も伴って心地よい眠気に襲われた。

隣で三城は車を運転しているのだから寝てしまってはいけないと理性は働くが、そんなものは無意味に近く、起きなければと強く思ったものの、うとうととしたまどろみはいつの間にか夢の世界に落ちてしまった。

振動の少ない三城の運転と、適温の車内は昼寝をするのに意外と適している。

次にフッと目を覚ました時には、幸田にとって見慣れない、けれど見紛う事の無い特有の風景が広がっていた。

左手に大きな建物、右手には高速道路か何かの陸橋。

自家用車もタクシーも観光バスも沢山並んでいる細長いロータリー。

「・・・・・空港?」

寝起きではっきりとは動かない頭で、幸田はぼんやりと呟く。

そこはどこをどう見ても空港で、ゆっくりと進む車はどうやら駐車場に並んでいるのだと知れる。

何故こんなところに居るのだろう。

誰かの迎えだろうか。

あたりをキョロキョロと見渡す幸田に、三城は柔らかい声をかけた。

「起きたか。どうかしたのか?」

眠ってしまっていた事に対する非難など一切無く、その口調はいっそ甘くすら聞こえたし、握り合ったままの手に存在を示すかのような力を込められれば胸がグズリと鳴った。

優しい。

三城は優しいのだと改めて感じると、なんだか嬉しくなる。

「いえ、その・・・・空港、ですよね?」

「あぁ。成田だ。」

「誰かのお迎え、とかですか?」

「いや、違う。」

「・・・・」

では何の目的で成田空港などにやって来たのだろう。

ここでしか入手できない何かを購入する為か、お勧めのスポットがあるか、考え付く限りでそんな所だ。

そうこうしているうちに車はロータリーを抜け立体駐車場に入ってゆき、空きを見つけると三城は艶やかなテクニックで車を止めた。

こんな狭いスペースにたった一度の切り替えで駐車をしてしまうなんて、そうそう出来る芸当ではない。

シートの背もたれに片腕を置き、振り返りながらバックをする三城の様も惚れ惚れする程恰好良かった。

「降りろ。」

エンジンを切った三城は、先に車から降りるとバンッと大きな音をたて扉を閉めた。

言われるがまま慌てて降りた幸田は、車後方のトランクに向かった三城を振り返ったが、上へと開けられたトランクの影で彼が何をしているのかは生憎解らない。

出発時は何も積み込みはしなかったが、そこに何があるのだろう。

「春海さん?」

怪訝そうに声をかけ三城の元へ向かった幸田は、彼の手元が見えると思わず目を見張ってしまった。

───ドンッドン

トランクから取り出されたのは、なんと海外旅行用の大きなスーツケースで、それも二つ。

一つは、頻繁に行っている海外出張の度に使っており使用感もある、三城愛用のダークシルバーボディーのスーツケース。

そしてもう一つは全く見覚えも無ければ真新しくすら思える、三城と同じデザインのブラック・カラーのスーツケース。

「春海、さん?」

目の前に現れたそれらに視線を奪われている幸田に、三城は一つのスーツケースを押して寄越した。

「お前のはこっちだ。」

「は?・・・え?」

カラカラと数センチの距離を転がり手元にやってきたそれを、条件反射のように両手をついて受け止める。

言わずと知れた、真新しいブラックのスーツケースだ。

これは幸田の物、という事なのだろうか。

理解が追いつきはしないまま、同じくトランクに入れられていたのだろうビジネスバックの中を漁る三城を見つめた。

これではまるで、三城が出張にでも出かけるように見える。

「それと、これだな。」

なんでもない口調で「はい」と差し出されたのは、臙脂色に金色に光る菊に似せた紋章が眩しい───

「パスポート?」

聞くまでもなく、何処からどう見ても一般旅券用のパスポートにしか見えないのだが、海外旅行経験も無い幸田はそんな物を持ってなどいなかった。

個人情報がこれでもかと記載されたパスポートが他者に作れるはずもないのだが、何故か三城ならば出来るような気がしてしまうのが不思議だ。

「僕の、ですか?」

「あぁ、他人の物を渡しても仕方が無いだろ?さぁ、行くぞ。」

「えぇっ!?ちょっと、待ってください!」

聞きたい事は山ほどあるというのに、待てと言えど三城の足は止まらない。

スタスタと駐車場出口を目指し大きなスーツケースを押す背中を、幸田は縺れるような足つきで追ったのだった。




 
*目次*