新婚旅行リベンジ・編・6



さすが国際線のロビーは老若男女様々な人種やファッションの人達で溢れていたが、中でもGW初日とあって家族連れが目立ち、子供たちの元気な声がそこらから聞こえてくる。

前方もはっきりと見えない雑踏だとうのに三城はそうと感じさせない足取りで颯爽と歩いて行く一方、大きなスーツケースを押し慣れていない幸田は足元が縺れ三城の隣に並ぶだけでも一苦労だった。

三城を見失わない為歩く速度を落す事なく、尚且つ人や物にぶつからないよう気を配らなくてはならず、いつしか息も上がっていく。

だというのに、三城に声を掛けようとすれば周囲の賑やかな音に消されてしまい1mも離れていない場所に居るにも関わらず大声を出さないと言葉が届かないのは、ただでさえ息切れ始めた幸田には少々辛かった。

「春海さん、何処に、行くん、ですか?」

「搭乗口だが?」

「そうじゃなくて、飛行機に乗って、何処に行くんですか?」

「ニューヨークだ。」

「ニューヨーク!?」

幸田は唖然と口を半開きにし、思わず三城を見上げてしまった。

すると進行方向から視線を外した途端、高機能で真っ直ぐに進みやすいはずのスーツケースは大きく外側へと舵を取られてしまう。

「ぅわっ・・」

ヨロヨロとあらぬ方へと進んでしまいそうなスーツケースを、両手で押さえ慌てて止めた。

「大丈夫か?何をやっているんだ。」

「だって・・・」

幸田は言い訳がましく唇を尖らせる。

三城が(幸田にとって)突拍子も無い事を言うのが原因なのだ。

そうというのも、パスポートを渡された時点でもちろん海外だとは解っていたが、まさかニューヨークとは考えもしなかったからだ。

韓国とかグアム、せいぜいハワイ辺りだとばかり思っていたのに。

頻繁に海外出張に出かける三城のおかげで時差や現地までの所要時間に詳しくなった幸田だが、ニューヨークといえば一際遠いイメージがある。

日本人の海外旅行の定番ハワイで7時間、韓国やグアムに至っては3〜4時間しかかからない所、ニューヨークは17時間余り必要とした。

そのうえ時差は半日以上と、とても「遠い」のだ。

だが自社の本社がアメリカはニューヨークにある三城は渡米する回数も多く、今更「遠い」といった感覚はないのかも知れない。

そう言えば、と元通り歩き始めた幸田は、今度はきちんと前を見ながら三城に声を掛けた。

「春海さんはお仕事なんですか?」

「半分な。初日と最終日に少々用件があるだけで中日は自由だ。だからお前を連れて行こうと思ってな。」

なるほど、それでビジネススーツにブリーフケースという出で立ちだったのかと一人納得する。

それにしても一言あっても良かったのではないかと、口にしない想いを胸に、幸田は三城に買ってもらったTシャツの裾を握った。

上質な生地のそれは決して安物ではないが、カジュアルな装いであるには変らない。

雑多な人ごみも抜け、出国手続きを行う列に並ぶとようやく一息を吐いた。

「恭一は日常会話程度の英語は出来るんだろ?」

「一応・・・でも実践経験なんて何年もありませんから。」

「大丈夫だ。語学なんてものは一度身に付くと簡単に忘れるものじゃない。」

「そんなもんですか。春海さんって英語以外にも話せるんですか?・・ぁ。」

言った途端、幸田は己の失言に気がついたがもう遅い。

口から出たものは取り消せるはずもなく、三城の苦笑を聞くのが辛かった。

「まぁな。仕事柄日本語と英語だけという訳にはいかないだろう。」

半ば呆れたような口調の三城に、幸田は失言を誤魔化すように早口でまくし立てた。

「そういえばドイツ語は話しているのを聞いた事があります。後何ヶ国語くらい話せるんですか?」

「英語・ドイツ語・・・フランス・中国・韓国・ロシア・・・イタリア・・・・アラビア・・・・全部言うのか?」

「まだあるんですか?」

「全てビジネスが出来るほど使いこなせる訳ではないが、挨拶程度にならな。」

「挨拶程度、ですか。」

三城の言う挨拶が「こんにちわ」だけであるはずがない事は聞かなくても解る。

一般的に言う「日常会話」こそが三城にとっての「挨拶程度」なのだろう。

やはり三城は只者ではない。

三城は、単純に尊敬を出来る所を沢山持っている人なのだと思う。

敵いはしないかも知れないが、それを辛いと感じないと言えば「プライドが無い」などと思われてしまうだろうか。

けれど三城の「凄いところ」を見つけるのはとても嬉しいのだ。

「今度、僕にも教えてください。」

幸田は邪気の無い瞳で三城を見つめ、眩しい程の笑みを浮かべたのだった。




  
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