新婚旅行リベンジ・編・7



あれよあれよと言っている間に出国手続きから搭乗手続きまでも済まされてしまい、まだ離陸までに時間があるものの、三城の意向で機内に乗り込む事にした。

何年ぶりの飛行機とあり、まるで子供のようにキョロキョロと辺りを見渡しながら狭い通路を渡っていると、少しおかしいなとは思ったのだ。

前後を歩く人たちと違う場所に案内されるし、三城は当たり前のような顔をしている。

奥へ奥へと進み、そうして案内された一枚の扉の向こうには、TVでしか見たことのない風景が広がっていた。

「わぁ・・・」

明らかに今まで幸田が乗った事のある客席とは違う、席数が極端に少なくて広々とした座席配置。

高級感漂う、ソファーのようなシート。

そしてホテルのラウンジのような内装。

「ビジネスクラス?」

「ファーストクラスだ。」

「・・・・」

言葉を失ってしまうようなセリフをサラリと言ってのけた三城は、まるで動じる事も無く、それどころか「勝手知ったる、」とばかりにリラックスをしている。

ブリーフケースからミニノートを取り出すと残りは手荷物置きに入れ、脱いだジャケットを客室乗務員に渡している様を、窓際に座った幸田はぼうっと眺めていた。

幸田はといえば、元々昼食を摂る為だけに家を出たので手荷物らしい手荷物もなければ、財布と携帯しか持っていないような軽装の為することもない。

一息を吐き客室乗務員に飲み物を貰っていると、三城は幸田を見もせずに言い、収納式のテーブルを出してミニノートを機動させた。

「すまない、離陸までに済ませたい事があるんだ。」

「わかりました。」

三城がキーボードを打ち鳴らし始めると、幸田はアイスカフェオレを飲みながら改めて機内を見渡した。

シートや内装はもちろん、置いている雑誌やサービス、客室乗務員の質までもエコノミーとは違うように感じる。

まだ、心臓がドキドキと嫌な動悸を立てていた。

これが名前ばかりは一般的に広まっている「ファーストクラス」の席か。

聞いた話しよるとエコノミーの10倍の運賃で、150万円を越えるケースもザラにあるという。

往復・約34時間飛行機に乗っただけでそんな大金が消えるなんて、庶民の幸田には恐ろしくて仕方がない。

幸田には明らかに分不相応だと思うのだが、二人分で車が買えそうな金額に三城は躊躇などしていないようだ。

「春美さん。」

「なんだ?」

三城はPCのモニターから顔を上げず、けれど機嫌をそこねる事も無く返事を返した。

「春美さんはいつもファーストクラスなんですか?」

「まさか。」

「そう、ですよね。」

良かった。

だからなんだ、という訳ではないが妙な安心感を覚えた。

だが、それも束の間の事だ。

「ビジネスクラスとファーストクラスと半々だな。行き先と空席状況で変る。何せ急遽出張になる事が多いから、望んでも取れない場合もある。」

「へぇ・・・。」

羨ましいというよりも、尊敬にも似た驚きを痛感した。

「・・・・・」

再び訪れた沈黙の中、三城は真剣な面持ちでPCに向かっている。

嵌りすぎているその姿を見ると、改めて三城の社会的立場を思い知らされる気がした。

官僚や財界人そして大手企業の社長などが乗るというイメージが強いここに、我が物顔で座れる地位と実力を持った男、それが三城だ。

彼の金遣いの荒さは異常だし仕事だって忙しそうだが、日常生活を共にしていると三城がそうであったと忘れがちになるのは、肝心の仕事にはノータッチのだからだろうか。

幸田は未だに三城の詳しい仕事内容を知らない。

「営業だ」と聞かされてはいるが、営業といえど街中のサラリーマンのように汗だくになって歩き回り頭を下げている訳ではないのだろう。

もしかすると三城の「外回り」こそこの出張なのだろうか。

スケールの大きさに圧倒されてしまう。

幸田は気圧の関係で小さい窓から空港の景色を眺めた。

そこから見えるのは広い滑走路と専用の車両が数台だけで、もしかしたら人もいるのかも知れないが、見えはしなかった。

「銀座、じゃなかったなぁ・・・」

それどころか国内ですらない。

昨晩は有触れた激しい夜を過ごし、そして遅い朝を迎えた。

その後三城の愛車で昼食を食べに行った、とここまではいつも通りだったのに。

それから・・・そう、車の中でうたた寝をしてしまい、起きたら空港だったのだ。

まさかまだ夢の中だろうか、と子供じみた空想も脳裏を過ぎったが、バカらしくて苦笑が浮ぶ。

『本日も───航空をご利用くださいましてありがとうございます。この便は──航空47便成田発、ニューヨーク・ジョン・F・ケネディ国際空港行きです。』

機内にアナウンスが流れる。

行くのだ、ニューヨークへ。

「アメリカかぁ・・・」

アメリカとはどういう国なのだろう。

日本以外の国や文化なんてメディアから得た大衆的なものしかなく、嘘と本当が入り混じりもはやファンタジーの域だ。

三城にはあぁ言ったものの英会話には不安があるし、事前に行くと解っていたなら情報収集だって出来たのに。

だが幸田の意思などお構いナシにこんな所へ連れて来られた事に、不思議と三城への苛立ちや強い不満は湧いてこなかった。

三城はそういう人だと、もうずっと以前に諦めてしまっているのかもしれない。

驚きはしたし理解をするのに時間は掛かったが、受け入れる事が出来てしまうと違う感情が胸を満たす。

楽しみで、嬉しくて、子供のような無償な興奮を覚えていた。

こんなにワクワク・ドキドキしたのは何時振りだろう。

「楽しみ、だな。」

小さく呟いた幸田の手の平を三城の大きな手が包み込み、振り返るとその手の持ち主が優しげな笑みを浮かべていた。

「一人にして悪かったな。」

「大丈夫です。こんな凄い席に座るのなんて初めてだから、見ているだけでも飽きません。」

「何度でも乗せてやる。」

フッと笑って見せた三城は、幸田の好きな自信に満ち溢れた彼だった。

三城がそうと言うなら、きっと飽きるほどにそうさせてくれるのだろう。

「今から何処に行くのか知っているか?」

「ニューヨークですよね?えっと、ケネディ空港?」

「あぁ正解だ。だが、違う。」

「え?」

肯定をしながら否定をするとはどういう意味なのだろう。

首を傾げる幸田の耳元に三城の唇が寄せられた。

「これは、───新婚旅行だ。」

熱い息と共に発せられた言葉は甘く、ゾクリと背中が震えてしまった。




  
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