三城×幸田・【番外編】・北原
新居へ行こう!・1


六本木の高層マンションの前で、北原【きたはら】は建物を見上げながら唇をきつく結んだ。

何かに挑むような表情を浮かべ、太陽などとっくに沈んでしまっているというのにどこか眩しげに瞳を眇めている。

出来る事ならばあまり此処には来たくはなかったが、直属の上司──すなわち三城の命令ならば従わない訳にはいかない。

顎を引き正面を見据えた北原は大きく息を吐き出すとエントランスに向かい歩き出した。

引っ越したばかりの三城とあの男の新居へと───



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事の発端は数時間前に遡る。

珍しく定時そこそこで帰宅した三城から、まだ会社で仕事をしていた北原の元へ「至急対応してほしい用件がある」と連絡が入ったのだ。

独力的なところもある三城が北原に任せただけあって用件というのは簡単なもので、書類の製作から完成まであっという間だった。

だが問題はここからだ。

書類完成の旨を三城に伝えた所、「直接自宅に持って来い」という返答が返って来た為、北原は内心動揺した。

三城の自宅に訪問した事は何度か有ったが、今はその時と大きく状況が変わっているのだ。

正直、何故メールではダメなのだとか、明日では遅いのかという言葉が喉元までこみ上げてしまい、そんな自分にもサラリーマン失格だと嫌気がさす。

決して面倒だからとか億劫だからと言う理由で出渋っている訳ではない。

オフィスからいくらも行かない場所に構えたという三城の新居にはもれなく「彼」も居るだろうと容易く想像が出来るが、可能ならば会いたくなどないのだ。

綺麗な日本人形の顔を持つ、その割りにどこかズレていて、でも芯が強そうな、三城の「恋人」。

一度会った時はすれ違っただけ、二度目は自分から押しかけ、三度目は三城の出迎えに来ていた所を鉢合わせた。

顔を合わせたトータル時間は短いが、その間に解ったのは自分とは違う人種の男だという事だ。

どんなに頑張ってもあんな風にはなれないだろうし、根本的な価値観が違いそうだと独断の偏見を込めて感じた。

けれど「嫌だ」と思っても上司の命令に従わないといけないのがサラリーマンの悲しいサガで。

北原はため息を吐きながら、せめてもと、身支度を完璧に整えたのだった。



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受付やラウンジも装備されている贅の限りを尽したかのようなエントランスを抜け、品良く整えられた内装のエレベーターに乗り込む。

住所にあった部屋番は上層階ではなかったものの、こんな場所──六本木に住居を構えるなんて自分には想像も出来ない。

噂では本社移動の辞令を断った際、「退社も辞さない」と言い辞令の取り下げどころか給与アップまで叶ったと聞く。

確かに北原の知る三城という人物は理的で合理的、隙や無駄が無くどんな状況下に置かれても最善以上の方法を選び実行出切る男だ。

彼に任せていれば安心だと思うのは上司も部下も同じらしく、結果三城の仕事量が半端なく多い事をいつも側でサポートをしている北原はよく知っている。

だというのに一年でも1・2を争う忙しさの決算時期に引越しを行ったと聞いた時は開いた口が塞がらなかった。

何故今なのだろうと考え、「一刻も早く」と「新学期が始まる前に」ではないかと思いつき苦い気持ちがこみ上げる。

この感情を飲み込むのに予想以上の忍耐が必要だった。

それでも一日の大半を同じ空間で過ごせる事の有利さを自分に言聞かせ、我ながら馬鹿らしい優越感に浸りやり過ごしたのだ。

比べるべきものはそんなモノじゃないとちゃんと解っているはずなのに。

鏡が無いので今の自分の表情は見えないが、きっと僅かに歪んでいるだろう。

どんな時でも平常心を持つ、憧れるかの人のようになりたい。

猛スピードで上がっていくエレベーターの階数を示すランプを、北原は無心で見つめ続けた。




*目次*