三城×幸田・【番外編】・北原
新居へ行こう!・3


「・・・おいしい」

白くシンプルながらもどこか品の良いカップに入れられたらコーヒーは、高い香りとそれに見合った香ばしい味わいでとても旨かった。

これを淹れたのが幸田だと思うと何故だかとても悔しいのだが、だというのに北原にしては珍しく感じたままの呟きが唇から零れてしまう。

口にするには丁度いい温度のコーヒーの蒸気が鼻腔を擽り、北原の気持ちを解きほぐしたのかもしれない。

誰に言うでもないその呟きに、ローテーブルを挟んだ先に座る幸田はニコリと微笑んだ。

「ありがとうございます。・・・と言ってもこれを淹れたのは三城さんなんですけどね。」

「え!?部長がですか?」

「えぇ、意外ですか?」

「はい・・・いえ、その・・・」

「ですよね。僕も初めは凄く驚いたんです。普段はキッチンに入らない人ですから。」

何処か可笑しげにクスクスと笑う幸田の砕けた表情は初めて見るものだったが、やはりと言うべきかとても綺麗で、こんな容姿を持ち何気ない気配りも出来るならば、あの三城の隣に居る事も至極見合っているのだろう。

つまらない嫉妬心など持つことも憚られるのではないかとすら思えた。

「そうなんですか。」

それに比べ自分ときたら、と嫌になる程愛想も悪く、ビジネス以外での会話能力の低さは自覚しているが今もやはり続く言葉が思いつかない。

嫌味でも過剰な世辞でもない「何か」を口にしたいのだが、思考を張り巡らせてはみても何も名案は浮ばなかった。

目の前の幸田は何を考えているのか微笑を浮かべたままコーヒーをゆっくりと飲むばかりで、嫌な沈黙が広いリビングを支配する。

「・・・部長は?」

暫し熟考した結果、実にお粗末だが何とか会話の糸口を見つける事は出来た。

もっと気の利いた事の一つでも思いつけば良かったのだが、元々係わり合いは薄く共通の事柄といえば三城くらいしかない相手にそうそう話題は湧いてこない。

そのうえ落ち着いてみれば、北原はここで待つようにとの伝言を幸田から受け取っただけで、三城の在宅有無すら知らなかったのだ。

二人で住むには持て余してしまいそうな広い家で視界に映らない人の気配を感じるのは難しく、良いタイミングではあったと低レベルな自賛で自らを慰めた。

「あっ、お伝えしてなくてすみません。三城さんは、北原さんが来られるほんの少し前に電話が掛かってきて、そのまま書斎に入って行きました。日本語じゃなかったので・・・たぶんドイツ語かな?お仕事関係だと思うのですが。」

幸田はチラリと斜め後ろにある扉を見やり、眉を潜めた。

なるほどあそこが三城の書斎で、今はそこに居るのだろう。

「見てきましょうか?」

「いえ、大丈夫です。部長の電話の相手がドイツ語なら、今関わっている案件についてだと思います。時刻的にも・・・向こうは日中ですので。」

「そうですか。」

幸田は少し驚いたような、けれどあまり興味はないような表情で一つ頷いた。

ダメだ、これでは会話が終わってしまう。

折角見つけた話題をすぐに終わらせたくはなかった。

「部長は、ご自宅でもよく仕事をされているのですか?」

知ってどうなる。

いや、個人的にはとても興味はあるがプライベートな質問だっただろうか。

言ってしまった後に「しまった」と思った北原だったが、幸田は先程よりも食いつきガ良くコロリと笑みを浮かべた。

「そう・・・ですね。メールや電話は頻繁にしていますが、書斎に篭って・・・というのはそんなに多くないですよ。僕は詳しく知らないんですけど、外国の方とのお仕事が多いみたいですね?」

「えぇ、まぁ。一応『海外営業部』なので。」

「あ、そうか」

ハッとしバツの悪そうな幸田は照れ隠しに小さく声を上げ、乾いた笑い声が虚しい響きで北原に届く。

それにしても。

いくら職種が営業マンと教師という全く違うものだからといって、仮にも恋人、しかも同性で尊敬すべき有能な三城の仕事振りに此処まで無関心になれるのかと、北原は内心深いため息を吐いたのだった。




*目次*