三城×幸田・【番外編】・北原
新居へ行こう!・5


三城が服装を乱した様子など、思えば初めて見たのかもしれない。

きちんと締めていないネクタイやボタンを多く開けたシャツなど、だらしがないという理由から北原は好きでないのだが、それが三城となるとまた違って映った。

普段は隠れている太くスッと伸びた首筋やしっかりと形の見とれる鎖骨と喉仏。

女性的な美人である幸田とはまた違った、正に「男の色気」が満ちている。

二人が並ぶとさぞ淫靡に栄えるのだろうと思ったのだが、実際は互いが良い意味で殺し合い、匂い立つ色香はひっそりと息を潜めた。

思わずゴクリと唾を飲んだ北原には気づく事無く、三城は幸田の傍らに立つとその後頭部を小さく小突いた。

「何を言っていたんだ、まったく。」

「すみません。・・・でも、そんなに変な事は言ってませんよ?」

「そんなに?」

「・・・ぁ。」

気づいてしまった。

三城が幸田を見つめる視線の優しさに。

口では何と言っていようとも、その三城の瞳は至極優しげで、北原の知らないものだった。

(でも・・・当たり前か。)

恋人の前なのだから。

二人の交際は北原の黙認とされているようで、こうもあからさまにいちゃつかれているというのに、はっきりと「付き合っている」と聞いた事は実は一度も無い。

けれど、それがかえって北原を苦しめているなど、三城は微塵も思っては居ないのだろう。

「北原も真に受けるな。」

「・・ぇ?」

急に話を振られハッと三城を見上げると、いつもの冷淡な表情でため息を吐いていた。

胸元から煙草を取り出し、火を点けながら幸田の隣にドカリと腰を降ろす。

「そんな言い方をしたら、僕が嘘を吐いているみたいじゃないですか。」

「嘘とは言っていない、大仰に言いすぎなんだ。」

「そんな事・・・あ、すみません。北原さん、お仕事でいらっしゃってるのに雑談しちゃって・・・」

唇を僅かに突き出すという幼い表情で三城に反論をみせていた幸田だったが、北原を視界に止めたのか照れたような苦笑を浮かべ立ち上がった。

「コーヒー、おかわり入れますね。」

「おかまいなく。」

北原の言葉が届くより早く幸田は空に近い二つのカップを持ち、このリビングから見えはするが離れた場所に点在するキッチンへ消えた。

こうも広いとたかだかコーヒーを淹れに行くだけでも大変そうだ。

「北原、出来たか?」

「はい、これです。」

思わず幸田を視線で追ってしまっていた北原は、慌てて足元に置いたビジネスバックから例の書類の元となるデータが入ったメモリを取り出すと、それを三城に手渡した。

三城の瞳は既に鋭く研ぎ澄まされており、優しげな様子は伺えない。

冷たくて怖いはずなのに、これが北原の慣れ親しんだ三城なので、何処か安心をしてしまう。

「これか。少し待ってくれ・・・」

「三城さん、これ。」

立ち上がりかけた三城を制した幸田は、北原もよく知る三城愛用のミニノートをテーブルに置くと、ただそれだけで踵を返し再びキッチンへと戻っていった。

「あぁ、すまない。」

三城は意外にも幸田を見ようともせず、すぐさまPCを立ち上げると北原の持参したデータを確認し始めた。

「・・・・」

幸田は、頼まれもせずに察したのか。

タイミングから考えると、「コーヒーのおかわり」と言いながら立ち上がった時には既にPCの事を考えていたのだろう。

どこか抜けていて三城の仕事には興味が無いようにふるまっているくせに、こんなところだけ押さえている。

やはりこの男は何処か気に入らない。

暫くじっとPCを見つめ続けていた三城がようやく顔を上げると、安堵のため息と共に微笑を浮かべた。

「・・・・・あぁこれでいい。ありがとう。緊急に頼んで悪かったな。先ほど連絡が来て、この書類があれば間に合うそうだ。」

「そうですか。よかった。」

どうやらこれは北原が考えていたよりもずっと重要なものだったらしく、簡単な物が軽率であるとは限らないと改めて思い知った。

三城の言葉が、微笑が、北原の何かに染み渡る。

「お仕事終わったんですか?良かったですね。」

同じ言葉でも明らかに意味合いの違う「良かった」を放った幸田は、いつの間にか三城の隣に離れて座っており、花の如く微笑んだ。

三城と北原の視線が集まっているというのに、それに気づいているのかいないのか、のん気に淹れたばかりのコーヒーを飲んでいる。

ふと見ると、それぞれの前にも新しいコーヒーカップが並んでいた。

「いや、まだ終わっていない。すまないが、私はこれからこれを送るので仕事に戻る。」

コーヒーカップを手にした三城は、湯気が立ち熱いはずのそれをクッと一口で半分ほどを飲み、メモリだけを手に立ち上がった。

「わかりました。私も社に戻ります。」

「そうか、時間も時間だ、無理はするなよ。呼び立てて悪かったな。」

「いえ、部長の淹れたコーヒーを飲めたので。」

「そうか。」

三城はフッと笑うと──さきほど幸田に見せたものとよく似た微笑を──、一瞬口を開きかけたようにも見えたが、結局は何も言わず颯爽と書斎へと消えていった。

疲れていないはずはないのに、そんな様子を微塵も見せない。

いつも背筋は伸び、引き締まった表情を崩さない。

簡単そうに見えてとても難しい事を簡単そうにやってのける三城に改めて尊敬の念を抱いた。

彼の様になりたいと思う憧れは、ただの憧れであるのかまではわからない。

「では、私はこれで。」

せっかくだからと、二杯目のコーヒーを少しだけゆっくりと飲み、北原はバック片手に立ち上がった。

「おかまいも出来ませんで。」

「いえ、仕事ですから。」

素っ気無く言いながらも、北原の表情は来た時よりも随分と柔らかくなっていた。

確かに予定していた作業は出来なかったけれど、ここに来れてよかったと思う。

三城の新しい家を見れた事や、コーヒーを飲めた事、そしてこの男と他愛の無い話しが出来た事。

「また、今度はゆっくり食事でもしに来てくださいね。大したものは作れませんが、僕が何か作ります。」

全くこの男は。

ニコリと笑む幸田に、北原は靴を履きながら苦笑が漏れた。

「えぇ、是非。楽しみにしています。」

幸田が見送る玄関の扉が閉まっても、北原の口元から苦笑は消えず、それどころか一層色濃くなったようにも見える。

「敵わない・・・か、な。でも、負けませんよ。」

自分の求める物がどこにあるかなんてわからないけれど、立ち止まる事も後退る事もしたくない。

決意新たな北原は、まだやり残した仕事を明日朝までに完璧に仕上げようと、会社へ戻る為に軽快に踵を返したのだった。




+あとがき+

*目次*