その鼓動を聞いて   ちょい読み [本文より抜粋]



真夏の太陽が燦々と照りつけるある日。

実は自宅のリビングルームの壁に掛けられたカレンダーをじっとりと睨みつけていた。

「いち、にち、さん……」

今日の日付から一つずつ、七月の中旬のある日まで数える。

その日にカレンダーに印が有るわけではないが、一度教えてもらえば実が忘れる事はない。

ありふれた数字があるだけのそこも、実にとっては特別な日に見えていた。

「じゅう、じゅういち。あと、じゅういちにち。じゅういちにちだって、じゅんくん」

さも驚いたとばかりの表情を浮かべ実が後ろを振り返ると、長谷川が同じようにカレンダーを眺めていた。

今日も今日とて派手な金髪に派手なシャツと着崩したスーツ姿の長谷川は、どこから見てもチンピラだ。

「後11日ですか。まだ結構ありますね」

「まだまだ?」

「まだまだって程でもないですけど、まぁ、十分時間があるっていうか」

曖昧な答えの長谷川に実は不思議そうな顔をする。

結局のところ『まだまだ』なのか『もう直ぐ』なのかは実には解らなかったが、ただ解るのは後十一回くらい寝ればたどり着けるという事だ。

「あとじゅういっかい、ねておきてごはんたべて、のあいだに、かんがえないとね。どうしようね」

「そうっすね。でも、実さんからなら何でもお喜びになられると思いますよ」

「なんでも?」

「はい、何でも」

「なんでも、ってなに?」

「それは……」

いつになく真剣な眼差しで実が長谷川を見上げる。

何でもと言われてもそれが『何』であるのか解らない。

『何でも』は良いが、絶対に喜んでもらえる物でなくてはならないのだ。

十一日後。

それは実にとって、とても大切な日───最愛の恋人・遠藤の誕生日であった。

「ねぇ、あのね、ゆたいくつなるの?」

「えーっと、確か三十一だったと思います」

「さんじゅういち。えっと、みのがじゅうはちさいだから、じゅうきゅう、にじゅう、にじゅういち……」

ゆっくりと数字を口にしながら指折り数える。

両手の指が足りなくなっても終わらず、それは実にとって難しい事だ。

「にじゅうきゅう、さんじゅう、さんじゅういち。えっと、じゅうさんこ。みのとゆたと、じゅうさんこちがう。いっぱいね」

「そうっすね。まぁ、今時年の差なんて珍しくありませんから、大丈夫ですよ」

気楽な様子で言う長谷川の言葉に説得力はない。

だが元より年齢差を気にしている訳ではない実にはさして興味のない事だ。

「さんじゅういっさい。ゆた、なにがよろこぶかな」

今の実の最大の悩みは、遠藤へと誕生日プレゼントだ。

実は基本的に大金を持たされていない。

財布の中にあるのは、実が簡単に計算が出来る範囲の小銭だけである。

後は遠藤か、日常の多くを共に過ごしている長谷川が欲しい物を与えてくれる。

遠藤へのプレゼントをその財布の中の小銭だけで買えるか、それも悩みの一つではあるが、そもそも遠藤が何を喜ぶのかが解らなかった。

「なにがいいかな? なんでもじゃ、みのわからない」

「何でしょうねぇ。頭……頭つったら……」

長谷川は頼りになる男だ。

少なくとも、実にとってはそうだ。

考えるそぶりを見せる長谷川に、実は期待を込めた視線を注ぐ。

「そうですねぇ……酒か煙草か……」

「おさけも、たばこも、みのわからない」

「ですよね」

「ほかは? じゅんくん」

「えっと……直ぐには俺もちょっと」

「えぇ……」

「すみません」

頭をかく長谷川に、実は唇を尖らせる。

長谷川が解らない事を、自分は思いつけるだろうか。

プレゼントを用意するのがますます難題に思えた。

「……ようい、できなかったらどうしよう」

「だ、大丈夫ですよ! まだ十一日あるんですから、ね?」

「……うん」

わざとらしくも気丈に言う長谷川に、肩を落とした実が力なく頷く。

後十一日。

後十一回───正確には後十回、寝て起きて食べてを繰り返すだけの日数。

それは、とても短い日数に思えてならなかったのだった。