三城×幸田・それぞれの春・編・16



「──。入れ。」

三城は携帯電話の通話ボタンを切ると、幸田と話していた際の緩んだ表情を一変させ、引き締まった仕事の顔になった。

この切り替えの早さも三城が美徳と言える。

「部長、失礼します。」

ノックをして三城の事務室に入ってきたのは、秘書のように使っている男だ。

「休憩時間中に申し訳ありません。」

「構わない。本社にも電話をしないとと思っていた所だ。」

「その件で、こちらを──」

幸田の話しの内容が気になったものの、考えても仕方がない事に想いを馳せているほど暇ではなく、三城は就業時間までその話題を頭の中から消し去った。

結局会社を出たのは二時間残業の末午後8時を回ってからの事だった。



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午後十時。

最後の授業を終えた幸田は、内心生徒の質問や先生達の雑談に捕まらないよう祈りつつ、明日の準備も最低限に予備校を後にした。

それは幸田が自分で思っている以上にバタバタしたものだったので、同僚の三枝にいぶかしまれたが、そんな事も気にしていられない。

一日中、三城の話しが、そして自分が話す事の反応が気になって気になって仕方が無かった。

仕事に集中しなければと思っても、ふと気を抜いた瞬間に脳裏を過ぎるのは今夜の事ばかり。

今日の授業が小テストで本当に良かったと思う。

自分の転職を三城はどう思うか。

賛成か反対か、はたまた興味を示してすらもらえないか。

「こんな事くらい一人で決めろ」と一蹴されたら悲しい。

やはり事後報告が好ましいのではないのか、とも思えてきて、様々な結果をシュミレーションしてみても安心なんて出来なかった。

終電が終わるまでは毎日当然のように電車で帰っているのだが、今は早く三城に会う事だけを考え、片手を上げてタクシーを止めた。



 
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