三城×幸田・それぞれの春・編・18



部屋着に着替えた幸田がダイニングテーブルに向かうと、三城はすでに所定の位置に座っており、煙草を片手に茶を啜っていた。

「お待たせしました。」

「いや。食べようか。」

「はい。」

幸田は三城の向かいの椅子を引きそこに座る。

目の前に置かれている三城の用意したコンビニ弁当はありふれた物だというに、幸田にとっては特別な物のように思えた。

先の出張に出る前もお互い忙しく、三城と向かいあって食事をするのは随分と久しぶりなのだ。

「いただきます」

両手を合わせてから、弁当の蓋に手をかける。

指に触れたそれはほんのりと暖かい。

三城が暖めてくれていたのだろう。

そのうえ湯飲みに茶まで入っている。

幸田が入り浸るまで、この家に真っ当な食器すら無く、炊事場はピカピカだった。

その三城が少しでもキッチンに立つなど、人は変われば変わるものだ。

もしもこんな姿を三城の友人や部下に知れたら酷く驚かれるだろうと想像し、幸田は一人小さく笑ったのだが、幸い三城は気づかなかったようだ。

──カチャカチャ

二人が箸を進める音と咀嚼の音だけが静寂の中で響いていた。

ケンカをしている訳でもないのに会話が無いなど珍しい。

弁当の残りも少なくなった頃、ようやく三城が唇を開いた。

「俺が居ない間、変わった事はなかったか?」

三城は何でもない口調だったし、確かにその質問自体もなんて事のないものなのだが、いきなりの確信に幸田の箸は止まる。

租借をしていた三城は、視線だけを上げて不思議そうに幸田を見た。

「どうした?」

「いえ、、、三城さんは何でも解るんだなって。」

思わず漏れた苦笑を、箸で摘んでいたカラ揚げと共に飲み込む。

「何かあるのか?・・・話したい事とはそれか?」

「はい。えっと、食事終わってからにします?」

「いや、いい。気になるからな。今話せ。」

相変わらずの命令口調だが、幸田は嫌な気もせずコクリと頷いた。

「わかりました。・・じゃぁ」

とは言ったものの、どこから話すべきか。

様々なシュミレーションをしてはいたはずなのに、いざとなると考えていた事の一つも出て来ない。

「言いにくい事なのか?」

「いえ、そういう訳じゃ」

そうじゃない、そうじゃないのだが。

「この間、大学時代の先輩から連絡があって、・・・その先輩の勤める高校に来ないかって。」

言った。

言ったぞ、と幸田は心の中でガッツポーズを取る。

とは言っても、話しはこれからなのだが。

「転職をする・・ということか?」

「それはまだ・・・」

「決めていないのか?場所が遠いのか?」

「いえ、都内の私立です。」

「だったら、何を悩む事があるんだ?」

何だろう。

不思議そうな三城に見つめられ、そう的確に問われると答える事が出来ない。

「悩む、っていうか、三城さんの意見も聞こうと思って。」

「俺の?」

「はい、その、だって・・・」

いい大人の男が自分の将来すら一人で決めれないのかと呆れられたかもしれない。

幸田も、今までならきっと恋人に話しもせず自分一人で決め、直ぐにでも大石に了承の意思を伝えていただろう。

だが、恐る恐ると顔を上げた先にある三城の面持ちは扱く優しげだった。

「そうか、ありがとう。」

「三城さん?」

「いや、何でもない。俺は、いいと思う。お前の好きな道を選べばいい。」

カタリ音がしたかと思うと、三城の手が幸田の頬に伸ばされ、そっと触れた。

しっかりとした指が、幸田の頬を這う。

「よかったな、夢が叶って。」

三城の声は扱く優しかった。

あまりに優しいものだから、幸田は抑えていた感情が溢れそうになるのだ。

「はい、嬉しいです。」

嬉しいとか喜ばしいといった事は何度も思ったはずなのに。

実感として心の奥に染み込んではいなかった。

長年の夢。

出来る事なら両親に伝えたかった。

今は叶うことの無い、本当の夢。

でも、こうして喜んでくれる人がいる。

それはなんとも幸福な事なのだろうか。

「って言っても面接とかまだですけどね。」

照れ隠しに笑ってみせるでもしないと、泣き出してしまいそうな自分を、幸田は叱咤したのだった。



 
*目次*