三城×幸田・それぞれの春・編・25



予備校の最寄り駅の山手線ホームで、幸田はポケットから携帯を取り出した。

柱の影に隠れるようにすると、強く凍りつくような風から僅かに身を守る事が出来る。

それでもかじかみ動きにくい指先では、携帯を落としてしまいそうなのだが、幸田は二つ折りのそれを握り締め視線が外せずにいた。

三城に連絡を入れるべきか否か。

飲みに行ったり食事に出かける場合は、相手が誰だろうが何名で行くのであれ、報告をするように言われている。

前回大石と飲んだ時も、幸田的には報告をしていたつもりなのだが、あの程度では三城はそれを認めず散々グチグチ嫌味を言われたのだ。

幸田にしてみれば、自分は若い女性ではないのだから、男と二人きりで飲もうがなんてこと無いと思う。

ここ日本においてのゲイ率の低さは身を持って知っている・・・と思っている。

幸田自身は三城という相手が居て揺ぎ無い愛を誓っているのだから、人口の大半を占めると思われるノンケの男と(女もだが)二人きりになっても何か起こる訳が無いはずだ。

だが、いくら幸田がそう言ったところで三城は頑なに報告を求めた。

それなのに当の三城はと言うと、幸田に一々報告をしてくる事はない。

不公平だとは思うのだが、それを言っても「自覚の違いだ」と一蹴される。

はっきり言って意味がわからないのだが、幸田が口で(他の何にでもだが)三城に勝てる訳がなく、不満を抱いたままも、特に絶対嫌な何かがあるわけではないので従っていた。

だが、今日はどうだろう。

メールを送ったところで、機上の人となっている三城がそれを確認出来るのは数時間後ではないだろうか。

そしてその頃には、幸田はすでに大石と別れているだろう。

「ま、いっか。」

幸田は二つ折りの携帯を広げて眺めていたが、マナーモードに設定するだけでポケットに戻した。

知らせる方が余計な心配と嫉妬心を煽ってしまいかねない。

ホームに電車が滑り込むと、流れに任せてそれに乗り込む。

込みもしていないが空いてもいない車内で、幸田は隅の壁に寄りかかって立ち、揺られを感じながら瞼を閉じた。

電車が走る音や人の息遣いは聞こえるものの、瞼の裏に広がる漆黒の闇は、さも自分一人きりであるかのような錯覚に陥らせる。

疲れた、いろいろと。

でも頑張らないと。

退職をする最後の一日まで責任を持って仕事をしよう。

それが幸田に出来る精一杯で何よりの誠意だ。

目的の駅への到着を知らせるアナウンスが聞こえてくると、目を開き一つため息を吐く。

その瞳には、光の煌きが戻っていた。

「よしっ」

左腕に填っている腕時計を、コートの上から握りしめる。

同じ時計が今この時も、三城の腕でも動いているだろう。



 
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