三城×幸田・それぞれの春・編・26



新宿駅を出た幸田は、寒空の下を足早に約束の店へと向かっていた。

凍て付く風が身体を芯から冷やしていくので、一刻も早く暖かい場所に入りたい。

必要以上に落ち込んでいた気持ちは、僅かながらに向上している。

あの後一人で帰宅せずに済んで本当に良かった。

淀んだ空気の自宅を想像して、幸田は眉を寄せる。

飲みに誘ってくれた大石に感謝をしなければ、と心底思いながら、幸田は駅へと流れる人波に逆らいながら歩みを速めた。

その大石は既に到着しているらしいのだ。

「ここか。」

数ある飲食店ビルの中から目的の店が入るビルを見落とさないように探し、見つけると中に入って行った。

似たような系統の居酒屋が数件入っている中でその店の階を確認する。

他に待ち人の居ないエレベーターは、一階にいたのか呼ぶとすぐに扉が開き、乗り込んで階数のボタンを押した。

ガタンと小さく揺れて上へと上がって行く。

それぞれの店の宣伝やらメニューやらが貼られた壁は、もはや何がどの店なんやら解らない。

少々古びた機会の唸るような差動音がやけに耳についた。

──チンッ

到着時は、出発時よりも大きな揺れを伴って扉が開いた。

「えーっと、こっちか。」

ワンフロアに数店が店を構えているが、約束の店はエレベーターの斜め右前にあり迷う事は無かった。

開けっ放しの扉から店内に入ると、中からは宴会を楽しむ賑やかな声が何処かしこからしている。

ガヤガヤとした雰囲気のせいか、幸田に気づく者はいない。

「すみませーん。」

声を上げて店員を呼ぼうとしたのだが、当の店員達はオーダーを取ったり運んだりするので忙しいらしく、一向に幸田に気づく気配はない。

ただ阿呆のように突っ立っていても仕方が無いので、幸田は首を回して店内を見渡した。

店内にはボックス席と座敷席があり、パッと見ただけでも広い方だろうか。

場所柄様々なファッションと年代の男女が入り混じる中、大石はすぐに見つかった。

今もスポーツをしているらしい引き締まりガッシリとした体躯はある種の存在感がある。

色も白く筋肉のつきにくい幸田は羨ましい限りだ。

テーブルには、すでに数品の料理とビールジョッキが置かれている。

「今日も相当飲むつもりかな・・・」

先日の大石の酔いっぷりを思い出し、幸田は浅いため息を吐いた。

自分も人の事は言えない失態を起してしまったし、今日は自重するつもりだ。

月金勤務の大石は明日は休みかも知れないが、幸田には仕事がある。

その上、三城に「他の男と飲む時は慎め」と煩いほどに言い含められているのだ。

嫉妬をされる事は愛情故だろうから嬉しくもあるのだが、三城の心配はお門違いに思えて仕方が無い幸田だった。



 
*目次*