三城×幸田・それぞれの春・編・28



「もう一軒」と連れて来られた店は、意外にもホテルのバーだった。

それも三城と幸田が以前待ち合わせによく利用していた、新宿のあのホテルだ。

ホテルの中層にあるカクテル・バーのカウンターに、幸田と大石は並んでそれぞれグラスを手にしていた。

このバーにも、幸田は三城と二人で数度訪れた事がある。

薄明かりの照明と緩やかなBGMがムード良く、夜景も素晴らしく美しいためカップルももちろん多いのだが、出張でホテルに滞在中らしいビジネスマンも見かける為、男二人連れでも目立つ事は無い。

ホテルという場所柄、誰でも気軽に・・・という訳にはいかないが、老若男女国籍は問わず、こういったバーにしては割りと入りやすい方だろう。

幸田はこれまでの人生、居酒屋もしくはハッテンバなどの「そっち系の」バー以外で男と二人きりで飲むなど考えられなかった。

相手がたとえ意中の男性でなくてもだ。

だが三城と出会い、色々な店に堂々と入る姿を見ていると、今までの自分がとても小さく思える。

いや、実際とても小さく、必要以上に萎縮して生きてきた。

自分自身で恥じるべき偶像を作り上げていたかのように。

以前の幸田なら、今此処に大石と二人で居る事も出来なかっただろう。

周囲の視線が、自分の性癖を見透かしあざ笑っているかのように思えるからだ。

そんな幸田が変わった。

現在、まるで世界が開けたように感じられるのも、三城のおかげに他ならない。

「・・・おい、幸田。幸田?」

感慨に耽っていた幸田は、大石の怪訝そうな声で我に返った。

気がつけば、目の前のグラスは殆ど空だ。

ここに来てから何を話したのか、果たして会話をしたのかどうかすら記憶は曖昧で、自分でも恥ずかしいほどにボーッとしてしまっていたのは、酔いのせいにしておこう。

「あっすみません。」

「そろそろ行くか。」

「そうですね。」

大石の幸田を気遣う優しげな声に目を細めて応え、スツールから立ち上がる。

何杯飲んだか数える事の出来なくなっているアルコールのせいで足元がふらつく。

しっかりしなければ。

ここでまた失態を、たとえば道端で寝てしまうなどしてしまえば、今度こそ三城に何を言われるか解らない。

外出禁止・・などは社会人に向かって言わないだろうが、少なくとも飲みには行かせてもらえなくなりそうだ。

気をしっかり、と自分に言聞かせながら、会計を済ませた大石と共に店を出た。

先ほどの居酒屋もそうだったが、今日はすべて大石が持つと聞かなかったのだ。

「そんな事は悪い。」という幸田にも、「今度何かで返してもらうさ。」と笑って梳かされては、他に何を言う事も出来ない。

カラン──

薄明かりの店内から出ると、現実的な照明が「今」を突きつけるかのようだ。

「ごちそうさまでした。」

「いや、俺こそつき合わせて悪かったな。」

「何言ってるんですか。祝ってもらったのは僕の方なのに。」

「・・・相変わらず、お前は優しいな。」

大石の苦笑の意味は、幸田には解らなかった。

「さ、帰るか。お前は明日も仕事だったよな。」

大石は背伸びをしながらそういうと、少しふらつく足取りでエレベーターに向かったのだった。



 
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