三城×幸田・それぞれの春・編・29



時刻は深夜を大きく回っている為か、ホテルの廊下やロビーに人気は少ない。

バーから一番近いエレベーターは呼ぶとすぐに箱が来て、ノンストップにロビーとへ向かった。

さすが高級ホテルのエレベーターは高速な上に殆ど揺れもない。

だというのに、やはり地球にはGがあり、酔った幸田にはエレベーターを下る僅かなそれすらも負担になってしまったのだろう。

──チンッ

小さなチャイム音を立てロビー階に到着した時には、幸田はアルコールの酔いと重力による酔いの両方を見事にくらっていた。

気持ち悪さで吐き気がこみ上げ、唇を硬く結ぶ。

路上で寝てしまうのも恥ずかしいが、吐瀉物を撒き散らすのはもっとゴメンだ。

フラつく足取りでなんとかエレベーターから降りる幸田に、大石は心配そうな声をかける。

「おい、大丈夫か?」

「はい、、大丈夫です」

とは言うものの、それが強がり以外の何物でもない事は、幸田自身が一番よく解っている。

なにせ真っ直ぐに立てている気がしないのだ。

坂道の真ん中にいるのではないかと真剣に思うほど、膝が頼りない。

「お前そんなに飲んでたか?」

「さぁ・・最後の、カクテルが・・ダメだったのかも知れませんね。」

グラグラし始めた頭で幸田は笑って見せた。

その「最後のカクテル」が何だったのかも思い出せない。

幸田は元々アルコールに強い訳ではなく、酔えば「笑い上戸」や「泣き上戸」になる前に吐き気と眠気が襲ってくるタイプだ。

三城に言わせれば、「酔えば、色気が増して誘っているようにしか見えない」らしいが、俄かに信じ難い。

「送ってく。心配だ。」

「そんな、大丈夫ですよ。女の子じゃあるまいし・・・」

「そういう問題じゃねーだろ?」

「大丈夫ですって、タクシーに乗ってしまえば・・・っ」

自分が思っている以上に酔いは激しかったようだ。

大石を安心させようと一歩踏み出したのだが、身体は反応出来ず幸田の視界はグラリと揺らいで、身体が前のめりに傾いだ。

「あっ・・・」

「おいっ!」

もはや自力では転倒を回避できない。

床への衝突を覚悟した時、大石の力強い腕が幸田の肩と反対側の腕を掴み、後方へと引き寄せられた。

反動で回転が加わり、幸田は大石の胸に頭を預ける形で落ち着いた。

「大丈夫じゃねーだろ。」

「すみません、ご迷惑おかけ、して。」

大石の厚い胸板は安定が良い。

一息吐くと一人で立とうと身体を起した。

まだ視界がグラつきはするものの、先程よりはマシだと思う。

「もう、本当に・・・」

大丈夫だ、とは続けられなかった。

何故なら、顔を上げた幸田は、呆然と大石の斜め後ろから視線が外せなくなったのだ。

朦朧としていた意識が、瞬時に覚醒する。

いや、むしろコレは夢なのかも知れない。

そうであってほしいと思った。

だって、そうじゃないか。

居るはずの無い、今頃機上の人となっているはずの──、三城がそこに立っているのだから。



 
*目次*