三城×幸田・それぞれの春・編・30



時間が止まったかのようだ。

キーンと耳鳴りだけが、この世界の音の全のように、耳の奥と脳で嫌な羽音を響かせている。

思考は上手く回らず、堂々巡りに「何故だ」という言葉だけが何度も浮んでは消えた。

何故、三城がここに居るのだ、と。

酔いからか、驚きからか。

きっと両方だろう。

幸田は呆然と三城を見つめるだけで、話しかける事など出来ないでいた。

何か言わなければ、聞きたい事をただ聞けば良いだけじゃないか、と思いはしても、唇を開閉さすだけで喉から音は出てこない。

「おい、幸田。どうした?」

怪訝そうな声と共に大石に肩を叩かれ、幸田はようやくハッと我に返る事が出来た。

止まっていた時間が動き出し、耳鳴りも遠くなる。

「いえ、その・・・」

それでも三城から目を外す事が出来ないでいると、大石も幸田の視線を追う様に三城を見た。

とたんに大石の眉間に皺が寄せられる。

何を期待していたのかは知らないが、予想外だったのだろう。

そこには、深夜を過ぎた時刻だというのに隙の一つもない、いかにもな「エリート」然とした三城がこちらを冷ややかに眺めて立っているだけだ。

「知り合いか?」

「えっと・・・」

そうだ、とも、違うとも言えなかった。

その理由は自分でも解らない。

「ふーん。だったら行こうぜ。」

大石は深追いをする事も無く、先に立って歩き出す。

「はい、・・・」

返事は返すものの、幸田はやはり三城から視線が外せないでいた。

見詰め合うように、三城と幸田、二人の視線はぶつかりあっている。

だというのに、そこに甘さの欠片も見出せない。

このままでいいのか。

良い訳はないだろう。

やはり何か言わなければ。

言い訳でも責めた言葉でも、何もないよりは・・・

「先輩、待って・・・」

「部長!」

三城に話しかけよう、大石に待ってもらわなければ、と意を決した幸田の制止の声は、新たなる男の声と同時に響いた。

目の前に現れたのは、見るからに若い男だ。

若いだけではなく、目を奪われるほど容姿の整っている。

三城と比べても見劣りのしないキッチリとりた身なりで、若さ特有のキャピキャピとした雰囲気は微塵も無い。

「やり手の新人」そんなフレーズが似合う。

部長とは三城を指すのだろう。

そして、三城を部長と呼ぶからには部下なのだろう。

「・・・」

4つの視線がバラバラに交差する。

大石は幸田を。

部下らしい人物は三城を。

幸田も三城を。

そして、三城は部下らしい人物を。

もう、幸田を見てはいない。

「チェックインが完了しました。」

「そうか。」

三城は二度と幸田に視線をやる事はなく、先ほど大石と二人で降りてきたエレベーターに、その男と二人で乗り込んでは客室階へと登って行ったのだった。



 
*目次*