三城×幸田・それぞれの春・編・35



店員がホットコーヒーを運んで来るのを待ち、北原は口を開いた。

「幸田さんにお願いした事があり、本日は失礼ながら出社を待たせて頂きました。」

「はぁ・・・お願い、ですか。」

予想だにしなかった北原の言葉に、幸田は同じ言葉を繰り返すのがやっとだった。

ほぼ初対面の相手に「お願い」と言われてもピンとこないのは仕方が無いだろう。

当然ながらその「お願い」の内容に見当はつかず、幸田はただ北原を見つめた。

「はい。お察しかと存じますが、部長の事です。残念ながら本件に対し、私ども部下や本社の幹部の意見にも耳を貸してくださいません。」

もったいぶった口調で重々しく話す北原の眼光は鋭く、酷く厳しい。

その視線から逃れたくもあったが、北原が三城にとって害のある人物か否かの判断も出来ない今、気迫負けなどはしたくは無かった。

と言うのは自分自身への言い訳で、気持ちの核心はと言えば、先日の初対面のシュチュエーション故だろう。

『チェックインが完了しました。』

あの時の北原の声が脳裏に蘇る。

仕事とはいえ、社内で三城に一番近い存在。

そんな北原に弱味を見せたくない、負けたくなど無い。

笑みの一つも見せない北原に対し、幸田は気丈にも悠然と柔らかく微笑んでいた。

それは強がり以外の何物でもないのだが、そうと見抜ける人物は三城以外に居ないだろうほど完璧なものだった。

「どんな内容かは知りませんが、北原さんや上司の方の説得にも応じないのに、三城さんが友人でしかない僕なんかの言葉を聞くでしょうか?」

北原が幸田を訪ねた時点で、二人の関係がばれている可能性が高い事くらいは解っている。

それでも北原がカマをかけに来ただけではないかと勘繰った。

三城の立場は幸田のそれとは比べ物にならないほど重いもので、個人の性癖一つとっても足元を掬われかねないのではないかと常々危惧していた。

三城自身はいつも「バカらしい」と一蹴してしまうのだが、幸田にはそう簡単に流せる問題ではない。

三城の重荷になどなりたく無い。

だからこその返答で、過去の経験上恋人を「友人」と呼ぶ事には慣れているつもりだったというのに、胸がチクリと痛んだ気がしたのは気のせいだろうか。

「そうでしょうか?」

だというのにコーヒーを一口飲んだ北原は、心なしか先ほどまでよりもキツイ口調で言った。

「え?」

「少なくとも部長は、そうは思っていないと思います。」

「何故、そんな・・・」

「部長にとって貴方は特別な存在なのでしょ?」

力の篭った瞳で北原は幸田を見つめた。

北原がどういった意味で「特別」と言っているのか。

寒空の下いつ出てくるやも知れぬ幸田を待っていただけに、「恋人」である確たる証拠を握っているのかも知れない。

そもそも、プライベートでは幸田との関係をオープンにしている三城が、社内で公言していないという保障もなかった。

幸田が普段外しているペアリングも、三城は常に付けているのだ。

そんな幸田の内情を察したのか、北原はまたコーヒーを一口飲むと、侮蔑とは違うけれどどこか冷めた口調で言った。

「部長から直接聞いた事はありません。ただ、部長のPCでたまたま貴方の写真を拝見したものですから。」

「それだけで僕が特別な存在だと?」

少々強引過ぎるのではないだろうか。

やはりカマをかけられたのか。

それとも北原の言う「特別な」とは恋情を含まない別の意味なのだろうか。

だがため息まじりに放たれた北原の言葉は、十分に幸田を唖然とせさるものだった。

「特別な感情を抱かない男性の、それも寝顔の写真なんかをデスクトップのクリック一つで表示される場所に保管をしないでしょう?」

「・・・・」

三城がそんな事をしていたとは知らなかった。

そんな物を見れば「特別な」関係と思っても仕方がないだろう。

もちろん恋情を含む、だ。

北原に対する返答も思いつかず、幸田は赤面する顔を俯かせ苦手なブラックコーヒーを啜ったのだった。



 
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