三城×幸田・それぞれの春・編・37



北原は僅かに目を見開いただけで何も言わなかった。

「お話はそれだけですか?」

口元に微笑を浮かべた幸田は笑っていない目を細め、僅かに首を捻って尋ねた。

幸田の知らない三城の事情を聞かされたショックが抜けきったのかと聞かれればそうではない。

だが北原にアレコレと聞き無闇な噂話のようになるよりは、知らない方がずっといいと思ったのだ。

ここまで知ってしまった以上、「知らないフリ」が出来るほど人間出来てはいないが、少なくとも憶測や先入観を持って相対はしたくはなかった。

三城の口から事実を聞き、自分の考えのみで話したい。

それが幸田の真っ直ぐな気持ちだ。

数秒待っても北原が何も答えないので、幸田はテーブルに片手を添えると席を立った。

「でしたら、これで失礼させていただきます。」

北原は答えなかったが、幸田が伝票に手を伸ばすとそれを遮るように伝票を自分の方へと引き寄せた。

「ここは私が。お時間を頂いたのはこちらですから。」

もう幸田と目を合わせようとはしなかった。

はっきりとした口調ではあったが、視線は幸田を通りこして壁を見ている。

それも仕方がない。

当初の目論見が外れっぱなしなのだ、バツが悪いのだろう。

「では、お言葉に甘えて。」

幸田は踵を返し――かけたが、思い出し身体を元に戻すと北原を見た。

「貴方がここに居るという事は、三城さんも帰国しているんですか?」

北原が現れた時から気になっていた事だ。

三城の動向を知らないと暴露するのは幾分恥ずかしくもあったが、悶々とするよりはずっといい。

「いえ、私は中間報告の為一時帰国しただけですので、部長はまだ本社に。」

硬い声はそこに気が無いようにも感じられた。

一時帰国、この男はまた三城の元へ帰るのだ。

自分はもう何日も会っていないのに。

これをなんという感情なのかを知っていながらも、幸田は気づかないフリを決め込んだ。

認める勇気が無かった。

「そうですか。ありがとうございます。」

幸田は小さく頭を下げると、今度こそその場を立ち去った。



 
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