三城×幸田・それぞれの春・編・38



一人きりになった幸田は再び訪れた寒空の下、通いなれた道を駅へと向かってトボトボと歩いていた。

夜空は漆黒の闇だが、幸田の視界には街灯の明かりと車のヘッドライト、深夜営業の商店から漏れる光が様々な色を映し出す。

多くの光がそれぞれを反射しあい、そのどれもが霧が掛かったようにボンヤリとしていた。

ボンヤリとしているのは視界だけではない。

冷気に曝された肌は凍るように冷たいというのに、頭の中は全く冷静さを得る事が出来なかった。

どんなに考えを纏めようとしても、すぐにグルグルと堂々巡りの沼に填ってしまう。

一体何を考えたいのか、考えるべきなのかさえ解らなくなっていく。

何を考えても二言目に頭を過ぎるのは「三城に栄転の話が来ている」という言葉で、三言目来るのは「どうしよう?」という不毛な自問自答だった。

「三城がその話を断っている」だとか、「だから幸田からも説得してくれと言われたのだ」だとかを思い出したしても、「そして自分はどうしたいのか」といった結論など欠片も見えてこない。

まずは三城に事実確認を取るべきだとも、頭の端で解っていても行動に移そうとは何故だか思えなかった。

胸にひっかかる何か。

いつだったか、三城に対して言えぬ違和感を覚えた事を微かに思い出したが直ぐに「どうしよう?」の波に飲まれていった。

毎日歩いている道のりを、本能のように足は進んでゆく。

定期券でホームに入り、電車に乗り込む。

目的の駅で降り改札を出れば、考えるより先に歩いて行った。

何も考えず、聞こえているはずの耳にも何も届いておらず、ボウっとした瞳にも、物を認識しているはずなのに見えていないかのようだった。

──ガチャリ

開錠をし家へと入る。

誰も居ない部屋を重みの無い足取りで進んだ。

「──あ。」

リビングに入るまで、まるで気づかなかった。

「三城さんの家に来ちゃった・・・」

無意識に辿り着いたのは、麻布にある三城の自宅。

三城と過ごした大半の時間を共用した、場所。

今は主の居ない──。

「何、やってんだろ。居ないって聞いたのに。日本に。」

自嘲の笑みとため息が同時に幸田の唇から漏れる。

日本に居ない。

遥か遠く、海外の地に三城は居て、今をどう過ごしているのかも想像が付かない。

幸田は指定席となっているダイニングテーブルの椅子に腰をかけた。

電気もつけていないリビングをグルリと見渡す。

幸田の借りている2Kの部屋がすっぽり入っても余りあるほど広い部屋は数日人の出入りが無かった為埃っぽく、寒々とした印象を与えた。

もはやグルグルとした想いすらも浮んではこない。

「どうして、話してくれなかったのかな・・・」

誰に聞こえるはずもない独り言は、真っ暗な部屋に吸い込まれて消えていった。



 
*目次*