三城×幸田・それぞれの春・編・45



いつまでも見詰め合っているのも不自然だろうと、幸田がつと視線を外すと三城はその横顔にクスリと笑いかけた。

「そのスーツ、良く似合っている。」

三城は静かな声で、まるで独り言のように呟く。

一見ありふれたデザインのモノだが、三城には一目でそれと知れたのだろう。

幸田が着て来た物は、スーツはもちろんシャツ・ネクタイから靴に至るまで全て先日三城に贈られた物で、ついでに言えば時計はアノ時計だし、今日は指輪もしっかりと嵌めてきている。

ここまできめてしまうのは恥ずかしくもあったが、それこそが幸田の三城への想いそのものなので、照れながらも何一つ外す事は無かった。

「プレゼント沢山下さってありがとうございます。お返しが何も思いつかなくて・・・似合っていますか?良かった。三城さんの見立てがいいから。」

「まぁな。」

フッと笑う三城は相変わらず謙遜もしなければ不遜にすら聞こえる口ぶりだが、幸田は三城のそんなところが好きなのだ。

自信家でいつも胸を張っている、自分を疑う事など無いのではと思ってしまう強気な態度が、幸田が三城に惹かれる一番の理由だろう。

そして極稀に二人きりの時だけに見せる三城の余裕の無さも、幸田は嫌いではない。

離れていた間に出来た胸の隙間が埋まった気がし、あえて見ないようにしていたその顔をチラリと盗み見ると当の三城は離れた場所を見ていた。

視線を追うと既に、三城が見ていたであろう北原が二人の前に歩み寄り立ち止まっていた。

北原は幸田を見るとニコリともせず社交辞令的な会釈を寄越す。

「部長──だそうです。部長の指示を受け本社は既に動き出したそうです。」

空港につき早速仕事をしていたのか北原の手には小型のノートパソコンが握られていた。

なるほどそれで三城よりも遅く出てきたのかと納得する。

二人が幸田には解らない仕事の話をするのを、疎外感を感じている訳ではない、と自分に言聞かせボンヤリと眺めていた。

ここに北原がいるのは当然と言えば至極当然なのだが、幸田はどこか三城が一人で帰国してきたものだとばかり思い込んでいたのだ。

だからこれは疎外感などではなく、急な北原の出現に驚いているだけなのだと、自分を納得させた。

自分とは違うビジネスの世界に生きる二人は、まるでTVドラマか何かを見ている錯覚に陥ってしまいそうなほど、陳腐な言葉で言えば、「かっこいい」。

思えば三城の「仕事の顔」を目の当たりにしたのは初めてだ。

自宅で仕事をしているところや、電話をしているところは何度も目撃したが、今はそんな時とは比べ物にならないほど、厳しく張り詰めた物を感じた。

「私はこれから社に戻り報告をしてきます。」

「頼む。本格的な始動は週明けからだな?」

「はい。部長は・・ご帰宅されますか?」

北原が言葉の途中で幸田をチラリと見たが、その眼光はどこかとても冷い印象を受けた。

「あぁ。今日は先に帰らせてもらう。」

「解りました。では何かあればメールします。」

「頼む。」

北原は三城に、そして幸田にももう一度会釈をすると、大きなトランクを押しながら疲れを見せない足取りで歩いていった。

「北原さんだけでいいんですか?」

「あぁ、簡単な報告だけだからな。俺が行った方が皆鬱陶しいがるだろ。・・・何故北原を知っているんだ?」

「えっと、その・・・」

説明するつもりではいたが、一言で言える内容でもない。

口ごもる幸田に三城は胡乱な視線を向けたが、小さくため息を吐きポンと幸田の肩に触れた。

「まぁ、いい。まずは帰ってから、話しはそれからだ。・・・それに」

三城は幸田の耳元に唇を近づけると甘く低く囁いた。

「覚悟、しておけよ?」

「なっ!」

「何をだ」なのか「なんて事を言うんだ」なのか解らない声が喉の奥を突き、つい咽て真っ赤になった幸田を置いて三城は先に立ち歩き出した。

その背中が笑いで揺れているなど、北原には想像もつかないだろう。



 
*目次*