三城×幸田・それぞれの春・編・46



三城のトランクをタクシーの後ろに積み込み、成田空港を後にした。

交通手段といえば電車しか思いつかなかった幸田だが、なるほど、10時間ものフライトの後に電車を乗り継ぎ帰るのはさぞ面倒だろう。

幸田も緊張や興奮でどっと疲れた。

後部座席に二人揃って乗りはしたが運転手の手前離れて座り、何故だか互いが互いを見ないよう意識しているのか、それぞれ窓の外を眺めている。

それでもこの狭い空間に三城と居られるという現実が幸せだった。

手を伸ばせば触れられる、話しかければきっと応えてくれるという事は、今までに感じたことの無いような安堵感と安定した幸福感をもたらした。

「・・・恭一。」

高速を随分と走った頃、三城がおもむろに幸田の名を呼んだ。

それがあまりに唐突だったので、幸田はつい素っ頓狂な返事を返してしまい僅かに赤面した。

「はっはい!?」

「話があるんだ。大切な。」

「大切な話し、ですか?」

「あぁ。帰ったらまず話そうと思う。」

「・・・解りました。」

幸い三城は幸田の裏返った声になど気にも留めなかったようでホッとしたのだが、いつもの三城ならからかいの言葉の一つくらい放っただろうに、この「話し」というのは本当に真剣なのだろう。

滅多に無いほど神妙な面持ちの三城に、幸田もつられて真面目な表情で頷いた。

「大切な話し」と言われ思いつくのは、北原から聞かされそうになったあの転勤話しをおいて他に無い。

改まって幸田に話すと言うのだからきっと何らかの答えを出したのだろう。

それが幸田の歓迎すべき結果であれ否であれ、受け入れなくてはならない。

心積もりをしないといけないな、と物思いに耽っていると見覚えのある風景が窓の外を流れた。

「・・・三城さん、もう着きますよ。」

いつのまにか眠ってしまっていた三城を、遠慮がちに揺すり起こす。

窓に頭を預け瞼を閉じる横顔はとても綺麗で、つい魅入ってしまいそうだ。

「ん・・・あぁ、すまない。」

「いえ、これくらい。」

相当疲れているのだろう寝起きの顔は青白かったが、それ以外に疲れは見せずシャキッと背を伸ばす姿は尊敬する。

いつもこうしてギリギリまで一人で無理をしているのだろう。

そうこうしている間にタクシーはマンションの前で止まり、タクシーを降りた途端三城は幸田の腕を掴むと、有無を言わさず歩き出した。

「三城、さん?」

「何でもない、帰るぞ。」

正直、「何でもない」とはとても思えない様子ではあったがそうと言える雰囲気ではなく、どこか必死な三城の腕を振り払えずに幸田は半ば引き摺られる格好で三城の後ろをついて行った。

エントランスに入ってもエレベーターに乗っても腕は掴まれたままで、カードキーで開錠した三城の自宅玄関でようやく腕から三城の手の感触は無くなったが、そうと解った時には幸田は三城の腕の中に居た。

「会いたかった。」

耳元で囁かれた三城の掠れた声はとても弱弱しく、幸田は咄嗟にその背中を抱きしめ返していた。

アメリカで何かあったのだろうか。

腕の力が強く痛いくらいなのに、身体に感じる痛みではない痛みが目頭を熱くする。

「僕も、です・・・僕も会いたかった・・」

早急な仕草で唇を重ね合わせ、荒い呼吸を何度も挟みながら、離れていた時間を取り戻すかのように口づけしを合った。

啄ばむような仕草が深いものへと変わり、舌がこすれ合うと身体が震え腰が落ちてしまいそうになるがそれでも、幸田は三城にしがみ付き懸命にそれに応えた。

今まで堪えていた涙が頬を濡らす。

寂しかったとか辛かったとかそんな一言ではなく、ただ三城がここに居るのだと、今自分を抱きしめているのだと思えばそれだけで涙が溢れる。

散々互いに口内を探りあった後、荒くなりすぎた呼吸を整えるかのように唇は自然と離れてゆき、けれど身体は密着させたまま幸田は三城の胸に頭を預けた。

もはや懐かしいと思ってしまう厚い胸板は、三城の鼓動も聞こえ何よりも安心する。

「なぁ、恭一。一緒に暮らそう。」

それはまるで、自分が理解できない言語のような響きを放っており、時間が止まった錯覚に陥った

「・・・・え?」

「家も買った、俺達の家だ。───愛している、恭一。」

仕事中はあんなにも厳しい表情をしているというのに、甘い優しさだけを感じさせる微笑を浮かべた三城を、幸田は呆然と見つめ続け言葉一つ出て来なかった。



 
*目次*