三城×幸田・それぞれの春・編・49



十分睡眠を取って目が覚めたというのに、昨夜の激しい「運動」のせいで身体はひどく重い。

優しい香りのする心地よいシーツに包まりながらボーッと転がっていた幸田の鼻腔をコーヒーの高い香りが擽り【くすぐり】覚醒を促した。

のそりとベッドから降り、全裸の身体にベッドサイドに置かれた三城が用意してくれたのであろうバスローブを纏いリビングに向かうと、休日だというのにキッチリと身なりを整えた三城がダイニングテーブルでコーヒーカップを片手に新聞を読んでいた。

明るい太陽光が差し込む中、長い足を組みそうしている姿はまるで映画か何かのワンシーンのようでとても絵になる。

思わず目を奪われてしまい、一人で照れた。

「おはようございます。」

寝起きのままの幸田は身なりもあったものでは無かったが、あまり気にしない事にして三城の向かいに座った。

とにかく全身がだるく、すぐさま何かをする気には到底なれなかったのだ。

「コーヒー飲むか?」

言いながら既に立ち上がっている三城を視線で追いながら、幸田は朗らか【ほがらか】に頷いた。

「頂きます。」

普段キッチンに立つ事の無い三城も、コーヒーだけは自分で淹れるようになったらしい。

家庭用のコーヒーフォン(と言っても三城が買ってきた為海外メーカーの洒落たヤツだ)は確かに豆と水を入れスイッチを押すだけなのだが、三城のそれはどこか自分で淹れるよりも美味しい気がした。

間もなくして目の前に置かれた三城の淹れてくれたコーヒーはやはり深みのある旨さだ。

とは言えブラックが飲めない幸田のそれには既にミルクと砂糖も入っており、コーヒーというよりはカフェオレなのだが、幸田の為だけに作られたその分量も絶妙で、甘すぎず苦すぎず何とも言えない味わいだった。

「美味しいです。」

「そうか。」

薄っすらと笑みを浮かべた三城はまた元の席に座ると新聞を広げた。

読んでいるものは一般的な新聞よりも一回り小さいサイズの経済新聞だ。

どんな内容が書かれているのか詳しくは知らないが、それなりに真剣な様子の三城をコーヒーをゆっくりと飲みながらボーッと見つめた。

これからはこんな朝(今は昼前だが)が当たり前の日常となるのだろう。

つまるところ幸田は三城の判断に全面的に納得した訳ではなかったが、今更何を言ってもどうにもならないだろう事と、とりあえず幸田にとっては歓迎すべき未来である事から、この決定を受け入れる決意を決めたのだ。

昨晩ぬるま湯の湯船に浸かり、二人が離れている間の出来事を話し合った。

小さな誤解やすれ違いが有ったけれど、二人の心は何も変わっておらず、むしろ今まで以上に深まった事が再認識出来た。

何故移動の話をしなかったのかと三城に聞けば、

「言えばお前は移動を進めると思ったからだ。実際そうしただろ?俺は行かないと決めていたから、お前に相談するつもりも無かった。結局何も変わらないのだから話す必要はないと思っていたのだが、まさか北原がお前に会いに行くとは思ってなかったよ。不快な思いをさせて悪かったな。」

と言われ、それ以上文句を連ねるわけにもいかなくなった。

結局は三城の危惧したとおり幸田は三城に移動を進めてしまったし(あまり強くは言わなかったが)、一番辛かった北原からこの話しを聞かされた事は三城に非はないのだから責める義理もないだろう。

幸田は幸田で、あのホテルの日の事、というか大石の事を聞かれたが、

「あの男は誰だ?」

「大石先輩ですか?僕に高校を紹介してくれた大学時代の先輩です。」

と言えばそれ以上は何も言わなかった。

離れていた時間は確実にあり、それを実質的に埋めるなど出来ない。

だから話しをし合うのだ。

相手が理解してくれないからと言って話をしないのは、きっととても愚かな事なのだろうと改めて思い知った。

物思いに耽っていた幸田は、バサリと新聞が畳まれる音を聞きハッとして顔を上げた。

「今日は何時に出て行くんだ?送って行く。」

「えっと3時前ですけど、大丈夫です。一人で行けますよ?」

「車も出さないといけないんだ。長い間放って置き過ぎてバッテリーが上がっていないか心配でな。」

「それじゃぁ、お願いしようかな。」

「あぁもちろんだ。ついでに迎えも行くが、何時に終わる?」

「そんな悪いです。春海さんだって長旅で疲れているでしょう?ゆっくりしていてください。」

「俺が行くと言っているんだ。それとも迎えに来られて不都合でもあるのか?」

「まさか!・・・いいんですか?無理してませか?」

「大丈夫だ。ただお前を待っている方が心労で疲れるよ。」

「?そうなんですか?」

不思議そうに首を傾げてみせる幸田を尻目に、三城はフッと笑みを漏らした。

「負けるよ、お前には。」

その言葉の意味も、幸田には真に理解が出来ないままだ。

ぬるくなったコーヒーを互いに飲み干すと朝昼兼用の食事に出かけようとなったが、今すぐにでも出発出来そうな三城はともかく、寝起き丸出しの幸田は準備の為席を立ち上がった。

「待っていてくださいね。」

「何処に行くっていうんだ?」

「そうですね。」

他愛も無い軽口を交わし合い、その口元に笑みを浮かべながら幸田は三城に背を向けた。

ここに三城が居て、自分も居る。

二人の歩むべき春は ─未来は─ 桜が満開に咲いているだろう。



 
*目次*