三城×幸田・それぞれの春・編・6



転職への返事が即答出来ない理由を本音半分誤魔化し半分で語っていた幸田は、少しの罪悪感を胸に抱いていた。

話している間中、世界で一番愛しい男の顔がチラチラと脳裏を過ぎっていく。

こんな時三城ならどうするだろうか。

あの過剰なまでに自信家な男の事だ、何食わぬ顔で幸田に事後報告をするだろう。

だったら自分もそうしてしまえばいいのに、幸田には出来なかった。

言わなければ嫌われるとか、怒られるとか、そんな感情とは違う、はっきりと口に出来ない何かが「一人で決めてはいけない」と警告している気すらする。

単に、転職という人生の分岐を自分一人で決める勇気が無いだけかもしれない。

幸田の心中をよそに、事情を聞き終えた大石は納得したように頷いた。

「なるほどな。そりゃぁ退職しにくいな。」

「えぇ、、、」

「でもよ、遅くなれば遅くなるほど予備校側も困るんじゃねぇか?」

それはもっともだ。

遅かれ早かれ幸田が辞めるとなれば、新しい教師を募集しなければならない。

「それはそうなんですが。」

「まぁ、それにしても簡単に決めれる事じゃないわな、転職なんて。」

「え、えぇ」

「確かに今の職場の事も同僚の事も大切だと思う。昔から責任感の強いお前だから無責任に放り出せない事も解る。だけど、これは誰でもないお前の人生なんだ。うちに来るにしても今の職場に残るにしても、後悔しない道を選べよ。」

大石は真面目な顔で言い終わると、ニッっと笑って見せた。

「はい、ありがとうございます。」

極有触れたセリフかもしれない。

だが、大石の言葉が幸田の胸に深く染み込んでいく。

後悔しない道。

そうだ、自分はそれを三城と一緒に決めたかったのだ。

なぜなら、この先死ぬまで三城と一緒に生きると決めた。

自分の人生はすなわち三城の人生の一部だ。

一緒に生きる、一緒に決める、そうしたならその結果がどうあれ後悔などしないだろう。

三城はすでに帰国しているはずだ。

今日は自宅ではなく三城の家に帰ろう。

いきなり行ったらビックリするだろうが怒られはしないだろう。

そして話をしよう、幸田はそう心に決めると一人頷いた。

「さ、話しは終わりだ。後は家でゆっくり考えてくれ。つっても10日後くらいには返事が欲しいんだけどな。」

それから数時間、転職の話しは一切出ず、思い出話しに花が咲いたのだった。



 
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