三城×幸田・それぞれの春・編・8



酔いにまかせて眠ったので、そこで見た夢がどんな物だったかはっきりとは覚えていない。

けれど、酷くフワフワと楽しかった気がする。

それは車の振動のせいかもしれないが。

そしてその夢は、ガタンッと落下するような不快感で終わってしまった。

「お客さん、着きましたよ。」

無愛想な運転手の声で幸田は目を覚ました。

深夜前とはいえ、酔っ払って眠っている客など迷惑以外の何ものでもないのだろう。

短い移動距離に眠ってしまっていた幸田は、ぼんやりする頭を必死に動かし支払いを済ませた。

不思議なもので、自分の状況が理解出来なくても金銭のやり取りはそれなりにおこなえるらしい。

不必要なほど大きな音を立てて扉が閉まったタクシーを見送った後も、幸田は暫くその場を動く事が出来なかった。

自分が何処に向かいタクシーを飛ばしたのか忘れてしまっていたのだ。

だがその見慣れ慣れ過ぎているマンションを視界に止めるとすぐに理解が出来た。

自分が向かったのは、誰あろう三城の自宅だ。

一言連絡を入れなければ、と思っていたというのに、結局眠ってしまい出来なかった。

何の約束もなく訪れるのは初めてかもしれない。

昨日は「来れない」と言ったが故に、幸田の訪問を驚きはするだろうが、怒りはしないだろう。

もし本当に怒られたら自分はどうしたら良いだろうか、と考えたが、答えを出すより前に寒さから思考を中断させた。

ここに居ても仕方が無く、幸田はマンションに向かった。

初めて来た時は驚愕の連続だったマンションのエントランスやエレベーターも、数え切れないほど通っている今となっては何て事の無い物だ。

エレベーターに乗り、32階のボタンを押すと壁に背を預ける。

高級感漂う内装のエレベーターは、見た目と同じく機械も高級なのか、揺れや振動は殆どない。

速度もそこらの物より速いらしく、すぐに到着音が鳴った。

足元にライトが並ぶ廊下を歩み、三城の部屋を目指す。

何度も通った場所だ。

一人でも、二人でも。

部屋の前に着くと、幸田は何故かインターフォンを鳴らしてしまった。

ファミリー向けマンションとは違う洒落たチャイム音(と、幸田が常々感じている音)が鳴り響くと、幸田はハッとした。

自分は何をやっているのか。

いつもなら三城の帰宅有無に関係なく、合鍵を使い中に入るというのに。

慌てて鍵を探しポケットを弄る。

だがまだ酔いの十分に残る頭では、鍵を入れた場所を思い出せない。

何処だ其処だと探しているうちに、玄関の鍵がガチャリと鳴り扉が開かれた。

「・・・恭一?」

顔を覗かせたのは、スーツのジャケットを脱いだだけの姿の三城だった。



 
*目次*