そして君が僕に・1


──救えなかった、と言うのは余りに奢った言い方かも知れない


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『ねぇ、アス。海が見たいんだ。大きな、青い海が・・・・』

[私だって、一緒に見たかったさ・・・]

『アス。アスは僕の事嫌い?』

[違うんだ・・・そんな訳がない]

『サヨナラ、アス。僕は、アスの事を愛していたよ?』

[私だって・・・信じてくれ]



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「っ、、、」

目覚めた時、俺は随分と汗を掻いていた。

じっとりとパジャマのシャツが肌に貼り付く。

久しぶりにキリィの夢を見たのだ。

このフィンの屋敷に来て数か月。

ウミと生活を共にし、以前を思い出す余裕も無かったというのに。

ベッドの上で上半身を起して座った俺は、深いため息と共に肩を落とした。

チラリと見た窓辺からは薄明かりが差し込み、日が昇り始めた事を教える。

豪奢なカーテンは厚く、もしかしたら太陽などとっくに昇りきっているのかも知れない。

そんな事はどうでもいい。

今は時間に囚われない生活をしていた。

俺は両腕を頭の下で組むと、そのまま後ろへドサリと倒れこんだ。

この屋敷の主の権力を現すかのような、高い天井が視線の先に現れる。

薄明かりの中では全く見えないが、そこにはきっと美しい絵画が描かれ、繊細なシャンデリアが下がっているだろう。

ふと「以前に使えていた屋敷の天井はどうだっただろう」と脳裏を過ぎったが、いくら考えても思い出せそうにない。

あの頃はそれこそ「余裕」の欠片もなかった。

以前使えていた屋敷の主は若干18歳という若さで、その上病床に伏していたからだ。

俺はその看病に明け暮れていた。

それは誰あろう自分の意思で、その事自体を苦に思った事など一度もない。

治る見込みのない病だったが、俺も主───キリィも必死に戦っていた。

今にして思うと、必死だったのは俺だけだったのかもしれない。

当のキリィはとっくに諦めていたようにも思える。

長い長い戦いだった。

実際はたぶん5年くらいだっただろうか。

だが、13歳から18歳の、所謂「青春時代」の5年はあまりに大きい。

そして、、、無情にもキリィは改善を見せる事無く、鬼籍の人となった。

俺はキリィを、生涯ただ一人の主だと今でも思っている。

だからキリィが死んだ時、俺もこのまま、誰も愛さず、心開かず、自分もすぐに死んでいくのだろうと思った。

それほどまでにキリィの死は俺の絶望だった。

キリィと俺は、主と執事という関係を超えていたのだ。

人はそれを「愛」と呼ぶのかも知れない。

だが、俺には二人の関係を言い表す言葉が見つからないでいる。

ただ、酷く愛しかった。

「ぃっつ、、」

物思いに耽っていた俺を現実に引き戻させたのは、髪の毛をグィッと引っ張られた痛みからだ。

そちらに視線をやると、ウミが困ったように眉を潜めて俺を見やっていた。

その瞼は依然閉ざされたままだが、起きている事は明白で、それが解るのは一重に積み重ねた年月だろう。

心配そうなその表情を見ていると、俺の頬は緩んだ。

「大丈夫ですよ。何でもないです。」

一際柔らかい声で言い、その額に唇を落とした。

すぐに離れて見つめると、ウミは安心した笑みを浮かべる。

良かった、そう思ったのは俺のほうだ。

ウミには笑っていて欲しい。

それは、段々と笑顔を奪われながら命の灯火を消したキリィへの罪滅ぼしだろうか。


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