そして君が僕に・2


『海が見たいんだ』

『空が見たい』

『庭の木に咲く桜が見たい』

寝室のベッドの上から窓の外を眺める白い頬を横目に、俺は何一つ叶えてやる事が出来なかった。



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キリィの介護が苦でなかったように、俺はウミとの生活も辛いとは思わなかった。

確かに、視力が無く喋る事も出来ないウミとの意思の疎通は難しいが、不可能ではない。

フィンの話を聞く限りここに来るまでウミは、「酷い」の一言では言い表せないほどの辛い生活を強いられてきたそうだ。

だからこそ、ウミには幸せだけをを与えたかったし、出来る限りの事をしてやりたかった。

閉塞的な場所で生まれ育ったというウミは外の世界を殆ど知らず、ここに来てからも屋敷の外に出る事はあまりなかったらしい。

それは一重に、一人では行けないからだ。

盲目者は杖などを使って歩行を楽にするが、ウミは杖の使い方を知らなかった。

無いよりは有る方がいいだろうと、一度杖の使い方を教えようとはしたのだが、杖を与えて離れるとウミは蹲ってしまったのだ。

しばらく眺めていると、杖を離し、四つんばいで歩き出した。

手が壁に触れると、それを頼りに立ち上がり、壁伝いに歩いていった。

つまりウミにとって杖はなんとも心もとない物なのだろう。

俺はウミに杖を教える事を止めた。

一時の苦労を越えれば、自由に一人で何処へでも行けて良いのだろうが、その「一時」でも苦労をさせたくなかったのだ。

俺はウミの手を握り、共に歩く道を選んだ。

なんとも自分勝手だと思う。

「海を見に行きましょうか」

そんな折、ウミにそう告げたのは殆ど思いつきだった。

言ったと同時にキリィの顔が脳裏を過ぎったが、それがどんな表情をしていたか確かめる前に霧のように消えていってしまった。

そんな自分に動揺を覚える。

つい最近まで、キリィを思い出す事なんてなかったのに。

それほどまでにウミとの生活は充実していた。

なのにどうしてだろう。

あの夢を見た日から、たびたびキリィの面持ちが脳裏を過ぎるのだ。

会いたい、と思う事はない。

死んだ人間に会えない事など考える以前に解っている。

輪廻転生なども信じていない。

人は生きて死ぬ。

それは誰にも避けられぬ事なのだ。

それでも、やはりキリィを思い出す度に胸が苦しくなる。

逃げるように必死で苦い思考を追いやり、満面の笑みを浮かべて嬉しそうに何度もコクコクと頷きながらしがみ付いてくるウミの、その小さな身体を抱きしめ返した。

栄養状態が良くなり身体に肉も付いてきたが、やはりウミは華奢だ。

サラサラと流れる髪を梳きながら、隙間から見え隠れする額に唇で触れた。


   
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