そして君が僕に・3


潮の香りが全身を包む。

海を見たのなど、いつ以来だろう。

少なくともキリィと出会うよりも前だ。

目の前には、サンサンと降り注ぐ太陽の元、光を反射する美しい青い海と、白い砂浜が広がっている。

初めて訪れる海岸だというのに、何故か懐かしさを感じながら俺はウミの手を強く握った。

「ここが海ですよ。砂浜に気をつけてくださいね。」

優しげにそう言ってみせると、俺達は砂浜の上へと降り立った。

海の独特の匂いを嗅いでいるのか、ウミの小さな鼻がヒクヒクとしていて可愛い。

馴れない砂の上を歩くウミはへっぴり腰で、酷く不安そうだった。

安心を与えるように、俺はウミの手を一度ギュッと握った。

今は初夏という事もあり、周囲には誰もいない。

先が見えないほど広いこの一帯に俺達は二人きりで、それはあたかも世界に俺達意外いないのではないかという錯覚に陥った。

見上げた太陽が、ギラギラと輝いて覆い隠す雲も見当たらない。

何故か太陽に馬鹿にされている気がして、眉を寄せた。

それこそバカな事だ。

今の季節、朝夕はまだ寒さも感じるものの、昼間は暑いくらいだった。

俺はウミと手を繋いだままゆっくりと歩き出す。

何も喋らず、俺は無心で歩いた。

ここに来た時から、胸に何かが巣くっている。

気を抜くとそれに喰われてしまいそうだった。

暫く歩くと、ウミの顔に笑顔が浮び始めた。

砂浜という物に慣れたのだろう。

「海に行きましょうか」

出来るだけ明るい声で言い、俺はウミの手を引いて波打ち際に向かった。

乾いた砂が湿ったものに変わる。

「靴を脱ぎましょう」

俺はウミの前にかしずき、その両足から靴と靴下を脱がせた。

小さく白い足が砂に触れ足の指が縮こまり、ビクビクした様子で俺の手をしっかりと握ると、砂の湿る方へと向かった。

足に海水が触れる。

ウミはあからさまに驚いた様子を見せ、肩を上下させた。

包帯に目を覆われた顔を俺が居るだろう方へ向け、呆然と口を開けてみせる。

「しゃがんでごらん。これが海ですよ」

怖くない、というように優しげに言い、ウミの肩を軽く押してしゃがませると片手を取って海水へと導いた。

予想以上に冷たかったのだろう。

また驚いた様子を見せ、慌てて手を引っ込めた。

その様子が何故かとても可笑しくて、俺はクスクスと声を上げて笑った。

もちろん、バカにした訳ではない。

仕草が可愛くて、愛しかったのだ。

だが、そう思うと胸にチクリとした痛みが走った。

ウミを見ていた視線を水平線の向こうへと向ける。

眼下に広がるのはまさしく大海原。

遮る物のない、一面の青。

「心洗われる」とはこのことだろうかと思わせるほどの広大さ。

キリィが見たかったのはコレだろう。

俺だって、出来る事なら見せてやりたかった。

心に巣くっていた苦い物が膨れ上がるのを抑えつけるように、俺は瞳を閉じた。

ウミが水面を叩くパシャパシャと言う音がやけに大きく聞こえる。

波のさざめきは、遠くの事のようだ。

瞼を開けウミを見ると、嬉しそうな顔で「海」に夢中になっていた。

ウミは今、何を考え何を想うのだろう。

俺はウミから手を離し立ち上がったが、その手は俺を追ってこなかった。

俺は今どんな顔をしているのだろう。

ウミに視力が無くてよかった、などと無責任すぎる事を思い、自分の人間のなって無さをため息に乗せて誤魔化した。



   
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