そして君が僕に・5


足が海底にギリギリつくかどうか、という辺りで俺はウミの腕を捕らえる事が出来た。

その腕を力強く引き寄せ、震えて縮こまった身体を胸の中へ収める。

冷たいはずの身体が、とても温かく感じた。

安心したのも束の間、俺は波に逆らいながら浜辺を目指した。

その間、白夢中のような幻想を見た気がしたのだ。

波に苦しむ俺達とは別世界のように、サンサンと輝く太陽が陽炎を起こしたせいかもしれない。

先刻まで誰も居なかった浜辺に、一人の人間が立っているように見えたのだ。

顔どころか性別も解らないくらい霞んでいるが、酷く懐かしい感じがする。

ザバンザバンと波が耳元をかすめ他の音なんて聞こえるはずが無いのに、その人影が口を開くと、まるで隣にいるかのようにしっかりと声が聞こえた。

『もう、いいからね』

何が、とは言わなかったその影は、海水に目をやられ瞼を閉じてしまった俺が再び瞳を開けた時には、すでに消え去っていた。

何だったのだろう。

俺は砂浜につくと、辺りを見渡して呆然と立ち尽くしてしまった。

当然のようにそこには誰も居らず、砂浜に足跡もない。

疲れが見せた幻覚か。

ウミが俺に抱きつく力を強めた事で、やっと我に返える事ができた。

「すみません、、」

何故か唇から謝罪が漏れ、苦笑を浮かべながらウミを見やる。

その顔は、頬を痙攣させながらも懸命に笑っていた。

怖かっただろうに。

俺はたまらない気持ちになり、気が付くとウミの頭を掻き抱きながら唇を奪っていた。

やわらかいそこからは、しょっぱい潮の味しかしなかった。




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ずぶ濡れになった俺達は、フィンの権力に助けられ無事屋敷に戻る事が出来た。

フィンに連絡を取り、一番近くに居る車をすぐさま回してもらったのだ。

車中でウミは眠ってしまったが、俺の手を指を絡めて握ったまま離そうとはしなかった。

それが何故か、俺には酷く安堵を与えている。

屋敷につくと珍しくフィンが出迎えた。

相変わらずしかめた面持ちだが心配でもしてくれたのだろう。

俺の腕の中で眠るウミを見るとため息をを吐いてみせた。

フィンからの叱責は免れないだろうと覚悟をしていたが、そんな事は無く、

「さっさと風呂に入れ」

とだけ言われた。

俺は礼を言う事も出来ず、ただ頭を下げた。

ウミの世話係という事になっている俺は、普段一緒に風呂に入る事などはない。

服を着たまま、ウミだけを裸にして洗ってやるだけだ。

だが今は二人ともずぶ濡れのうえ、潮の香りがきつかった。

「今日は一緒に入ってもいいですか?」

とウミに聞くと、眠そうな顔をほころばせ頷いてくれた。

全裸になった俺達はウミの部屋にあるバスルームに入り、熱いシャワーを出すとまずはウミにかけた。

「かけますよ」

声をかけてシャワーをウミに向けたのに、お湯がウミに触れると慌てた仕草で俺に抱きつき離れなかった。

「それじゃ洗えませんよ?」

そう言ってもウミはイヤイヤと首を振るばかりだ。

「水、、、怖いんですか?」

俺はシャワーを止めウミの頭を撫でながら問うと、コクコクと頷いてみせた。

溺れたばかりだから仕方がないだろう。

視力の無いウミにとっては、大海原もシャワーのお湯も「水」という意味では大差がないのかもしれない。

だが洗わない訳にはいかず、俺は再びシャワーを出すとシャワーヘッドを壁にかけ、ウミを抱きしめたままその下に立った。

落ち着くまでそうしていようと思っただけなのだが、裸体で抱き合っていると予想以上に身体の中心に熱が集まりそうで、押さえるのが必死だった。

ウミの腹にそれがぶつかる。

自制心が効かなくなる前に、と俺はウミを離そうとしたけれど、ウミは離れてはくれなかった。

それどころか、わざととしか思えない動きで、腹を俺の下肢部にこすりつける。

「ウミ、やめてください」

焦って言ったが止まってくれない。

「ウミ!」

少しキツイ口調で言うとやっと止めてくれた。

だが、顔をあげたウミの表情は今にも泣き出しそうなものだった。

「ウミ、、、」

俺は阿呆のように、繰り返し名前を呼ぶ事しか出来ないでいる。

ウミは俺を見上げたまま伺うような仕草で、手で直接下肢部に触れた。

俺のそこは、僅かに反応を見せ始めている。

ウミの瞳は閉ざされていて視線なんてないのに、射抜かれたように顔をそらす事が出来ない。

もし、ウミが喋る事が出来るのなら、何と言うのだろうか。

俺は一度目を綴じた。

逃げる為じゃない。

瞼の裏に浮んだのは、まだ見ぬ真夏の空の下を、ウミと二人で歩いている姿だった。

『もう、いいからね』

海の中で聞いた声が再び聞こえた気がする。

俺は想いを決め、瞳を開けるとウミを抱きしめた。

「いいのですか?ウミ」

俺の問いかけに、ウミはコクリと頷き笑みながら抱きしめ返してくれた。


    
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