蒼穹を往く奏楽・11




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軍に捕まる訳ではない。

いわば任意出頭だ。

四肢を拘束されはしなかったし、今のところは武器類も取り上げられはしていない。

しかし兵士に囲まれたイスハークは、まともに周囲の風景すら見る事が出来なくなっていた。

船長室から下層の甲板に、そしてタラップへ向かわされる。

無言で背中を押され下船を促されたが、イスハークは抵抗することなく従った。

船を降りる前に、拓深に行ってくると言いたかった。

ガノンに船を頼むと、この先はお前の判断に任せると言いたかった。

しかし拓深に会いに行けば拓深の存在が大臣や兵士らにバレてしまう。

そうすれば拓深をガノンの部屋に逃した意味がなく、拓深の傍に居るだろうガノンに会いに行くというのも同じ事だ。

そもそも、部下に会いたいと言ったところで素直に会わせてもらえるかも疑問である。

「お前らが先に降りろ」

タラップの前でイスハークは足を止めた。

不遜に言い捨てるイスハークに、兵士の一人が苛立った声を上げる。

「何だと」

「俺が船から下りた途端に船に何かしねぇとも限らんからな」

「用心深い男だ」

「普通だ」

己が船から降りた途端に船内が襲われたのであればただの間抜けだ。

最後まで船に残る、その程度でしか今は拓深を守ってやれそうにない。

なんとも嫌な物を見る目つきの大臣に眺められながら、ぞろぞろと下船する兵士の最後の一人と並んで船を降りた。

「お前らも用心深さは同じじゃねぇか」

「普通だ。・・・族相手に信用もあるものか」

「そりゃそうだ」

大臣の嫌味な言葉に笑いが浮かびつつ、久しぶりの大地を踏みしめる。

揺れていない大地は、いっそ奇妙にすら感じられた。

「逃げるなりなんなりと、妙な事は考えない方が良い。そうすればあの船がどうなっても知らんぞ」

「さぁな。船なんかよりも、俺は俺の命が惜しくなれば逃げるかも知れない」

「仲間よりも自分が大切か。非情な男だ」

「海賊だからな」

ニヤリと意味深に獰猛な笑みを浮かべて見せるイスハークに、大臣は頬を引きつらせる。

大臣にとってみれば、長身で鍛えられた肉体のイスハークはそれだけでも威圧的で、加えて海賊のボスだとくればこれだけ兵を従えていても恐怖の対象なのだろう。

無礼に船長室の扉を無断で開けた時と同じように、今も虚勢の中の恐怖心がしっかりと見えている。

それで良い。

他の物など気にする余裕もなく、ただ自分だけに怯え意識を向けていれば良いのだ。

左右を兵士に囲まれたまま、イスハークらは入り江から森へと入る。

奴らが入り江に来る為に通って来た道なのだろう。

草花や細い枝木は明らかに作為的に無惨に倒され、その一筋だけが獣道と化している。

これを見れば船員らは異変に気が付くやも知れないし、それ以前に兵士等が来た時点で既に町へ出ている船員等に伝達をしに行った者もいるかも知れない。

海賊は半端者の集まりだ。

今ここにいる兵士らのように訓練された武術が身に付いている訳ではない。

それでも、半端者であったとしても、一つに集まればそれなりの力になるだろう事をイスハークはよく知っているし、イスハークは長い航海を共にしている船員達を信頼もしている。

船み拓深も、きっと町から戻り異変に気が付いた船員たちが守ってくれるだろう。

だからこそ、今こうして此処にイスハークが居られるようなものだ。

一行は森を奥へと進んでゆく。

木々はどれも幹が太く、葉は青々しく生い茂っている。

太陽の光は届き難く、辺りは鬱蒼と薄暗い。

視界も悪く、兵士らの先導か人工的な獣道がなければ完全に迷子だ。

「町まではこんなにも遠いのか?」

「町は通らん。黙って歩け」

なるほど、目的の場所までこの森を通り迂回でもするつもりか。

確かに大臣が指揮を取り兵士が一人の人物を取り囲み街中を闊歩すれば、騒ぎになるか、少なくとも有る事無い事の噂にはなるだろう。

そうなった時に分が悪いのはあちら側だ。

歩みを緩め遠くを見つめる。

けれど遥か前方を眺めたところで、そこにはただ変わらずの木々が見えるばかりで目的地らしい場所は伺えなかった。

そうしていると後ろから大臣が急かすようにイスハークの尻をけ飛ばした。

「立ち止まるな」

「・・・お前、俺をクリスフィートやらだと思って訪ねて来た筈だってぇのに、良い態度だな」

「お前は別人なのだろう?ならば問題あるまい」

「あぁ、まったくだ」

よろけた体勢を足で踏ん張り持ち耐える。

この男は、主の忠実な僕[しもべ]であるのかも知れないが、それとは別次元で下賤な輩が嫌いなのだろう。

海賊は、海賊でしかなく、イスハークはそのボスでしかない。

結んだ唇を下げやはりどこか怯えた様子を見せる大臣を、イスハークは満足げな、そして獰猛な笑みを浮かべて見せたのだった。