蒼穹を往く奏楽・12




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兵士等に囲まれたままイスハークが連れて来られたのは、見上げるほど高い塀に囲われた場所であった。

ようやく木々が開け、まだ太陽が高いと知れる。

随分と長い道のりを歩いて来たかのような気がしたが、実際は然程時間は経過していないようだ。

ただ、張りつめている気が時間の感覚を狂わせているのかもしれない。

一つ一つが大きな石を積み上げたいかにも頑丈そうな塀。

その中でなんとも目を惹く、こちらも頑丈そうな木製の扉の前で兵士らと大臣は足を止めた。

大きな道に面している訳ではなく、森のすぐ横にあるこの扉は勝手口か何かなのだろう。

装飾の類も一切付けられておらず、長身のイスハークならば身を屈めないと入れない高さで、横幅も人二人が並んで入れるかどうかという質素な印象の物だ。

扉に付けられた鍵だけは重く重工そうで、兵士の一人が開錠させたガチャリとした音がやけに重く静かな周辺に響き渡った。

「入れ」

「『入ってください』の間違いなんじゃねぇのか?」

「ふざけるな。さっさと中へ入れ。誰かに姿を見られてはどうする」

「どう?そうだな、挨拶と自己紹介でもしてやろうか」

ニタニタと、からかうようにイスハークは口にする。

そうしながらも素直に大臣に従いさっさと中に入ったのは、余計な者に姿を見られたくないと考えるのはイスハークも同じくであったからだ。

今ここで余計な騒ぎを起こせば、イスハークが一人船から出てきた意味がなくなる可能性もある。

潜ったばかりの扉から、塀と似たような石壁造りの建物の扉の中へと兵士らに更に急かされた。

この建物は、今いる場所こそ外観も地味な平屋造りだが、先に続く屋根屋根は塀の高さなど可愛らしく思えるほど高く聳えている。

白い外壁、青い屋根。

勝手口の、それもこんな建物の根本からであればその全貌を伺い知る事は出来ないが、前方から見た姿はなんとも美しいと評判だ。

此処は───アズベール城。

大臣らがイスハークの元に来た時点で、此処へ連れて来られるだろう事は予測がついていた。

そして、誰の元に差し出されるかも同じくだ。

「ここに戻るのは10年・・・いや、20年ぶりか?」

「まさか。全くの初めてだ」

「そういう事にしておいてやる」

後ろからイスカークを急かし、大臣がニヤリとした声を上げる。

それに平坦に答えてみせたイスハークは、けれど城の奥へ奥へと向かわされながら、どこか憎々しげな眼差しを浮かべていたのだった。




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拓深がガノンの部屋に放りこまれて暫くが経った頃、天井の向こうから大勢の足音を聞いていた。

どれ程の人数の兵士や大臣がイスハークの元へ押し掛けているのだろう。

姿は見えず、知れるのはただ足音だけの現状では、不安ばかりが増していた。

イスハークに頭から掛けられていたシーツは、この部屋に入れられて直ぐに脱いでいる。

けれど、到底部屋の中を見渡す気にもまして歩き回る気にもなれず、拓深は船長室よりも一回り狭く随分と質素なこの部屋で、座るようにと促されたベッドに腰掛けたまま瞼を閉ざした。

イスハークは直ぐに迎えにくると約束をしてくれた。

彼はいつでも約束を守ってくれるのだから、今も絶対に大丈夫だ。

何度心の中で繰り返しても、胸騒ぎがしてならない。

このような、答えのない何かに脅えてるのは初めてではないさろうか。

不安は不安を呼び、拓深から落ち着きを奪ってゆく。

そうしていると、暫くし部屋の扉の前に居たらしいガノンが室内へと戻った。

「・・・ガノン?」

「拓深さん」

その面差しがとても神妙で、とても嫌な気がした。

けれどそれと同じ大きさで、どこかすんなりと納得している拓深もいた。

「イスハーク様は、兵士らに従ったようです。お考えがあっての事でしょう、ご安心ください」

聞きなれないガノンの言葉が、ありふれたフレーズにすら思える。

やはり、イスハークは行ってしまったのか。

今はもう、この船に彼はいない。

けれどまだ約束を反故にされた訳でもないと、拓深はただガノンを見つめたまま頷いて見せたのだった。