蒼穹を往く奏楽・13




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城内を散々に歩かされた。

元々入り組んだ構造の城で、抜け道や隠し通路は元より、普段使われていない細い廊下ですら全てを把握しているのは詳細な城の地図を代々継承される王族とその側近や家臣ら数名だけではないか、と比喩される程だ。

大臣がどれ程城に詳しいのかは知れない。

ただ知らないだけか、イスハーク小道など教えたくないのか。

階段を上ったり下りたりと、目的らしい場所までは太く明るい廊下ばかりを通ったものの建物の中だと思えば呆れる程の時間が掛かった。

「老体には堪えるだろ、ジジィ」

「私を誰だと思っている。滅多な口は利くな」

「誰?海賊嫌いのジジィだろ?他にねぇ」

「やはり、下賎な輩は口も態度も何もかも悪いときている。だが、命が惜しくばこの先では口を慎む事だな」

廊下の途中、ようやく足を止めた大臣は低い目線からイスハークを見上げた。

その眼差しは軽蔑と恐れの色を称えているように感じられる。

ふとイスハークは自身を取り囲む兵士らに視線を向けたが、彼らは皆一様に無機質なポーカーフェイスで、誰一人からも感情を読みとれはしなかった。

「どうだかな。どんな態度に出るかは相手次第だ。そちらさんが俺を慇懃に扱うなら、俺も大人しくしているだろう」

「此処が何処だか解っていないのか?解っているというなら、ただの愚か者だな」

「残念ながら俺は後者だ。だが、愚か者だというつもりもない」

『此処』だと目の前に聳える扉を示し、大臣は忌々しげに瞳を細めた。

身長の何倍あるのか解らない程縦に長く、横幅も人が10人並んでも余りそうな程広く、青を基調に朱と金で艶やかに飾られた扉。

見るからに豪華で重厚なこの扉のある廊下もそれに見合うもので、柔く高価な石材の床に壁はベルベッド張り。

扉よりも更に高い天井はアーチ型になっており、そこには廊下全体に続く絵画が描かれている。

けれどそれがあまりはっきりと見えないのは、そこからいくつもぶら下がるクリスタルのシャンデリア一つ一つがとても大きいからだ。

青と金そして少しの朱がタリスの作り出すシャンデリアの白い光に照らされている。

それは少しだけ、朝焼けの海の真ん中に似ていた。

「身なりを整えろ」

「うっせぇ。これが俺の正装だ」

「何が正装だ。下品にも程がある」

イスハークの身に纏う白いシャツも深紅のコートも上質な物だ。

もしかするとこの大臣が着ている物の質と大差がないやもしれない。

だが、大きく胸元が開けられたシャツも、ただ羽織っただけのコートも、大臣には気に入らないのだろう。

大臣はイスハークを上から下まで再度値踏みをする視線を向け、最後にふと顔を背けた。

「剣はこちらで預からせてもらう」

「ふざけるな。お前らの親玉に丸腰で会えってか?」

「あぁ、そうだ。逆に言わせてもらえば、我が主にお前のような下賤な輩に武器を持たせたまま会わせる訳にいく筈がない」

「無理やり連れて来たくせに、勝手な奴らだ」

とはいえ、大臣の言い分は当然と言えば当然だ。

イスハークとて、捕虜を己の面前に連れて来させる時は武器類を奪うのはもちろん、場合によっては全裸にまでさせる。

ここで要求を受け入れるか否か。

本心としては受け入れ難い以外の何物でもない。

だが拒絶を続けたとしても大臣らがこれを承諾するとは思えず、先にあるのは今以上に不利な状況ではないだろうか。

無言のまま大臣を見つめ考えを廻らせたが、イスハークは唇を結ぶと腰からカトラスを鞘毎引き抜き大臣へと突き付けた。

「安物じゃねぇんだ。必ず返せ」

「海賊などと約束を交わすものか。それはお前も同じだろう」

「一々嫌味なじぃさんだ。ハゲるぞ」

イスハークからカトラスを受け取り、大臣はそれを近くに居た兵士の一人に渡す。

あの剣はもう戻っては来ないやもしれない。

嵐に巻き込まれて以来ついていない出来事ばかりだ。

だがその最たるは剣を取られた事などではなく、この扉の向こうに居るだろう人物と会わなければならない事に他ならない。

「ついてねぇなぁ。なぁ、じぃさん。俺が殺されたら海に葬ってくれるか?」

「海賊とは約束などしないと言っているだろ」

「そうだったな」

軽口を叩きからかうようにイスハークはニヤリと笑う。

そうはしてみても、こんなものは虚勢にもなりはしない。

こんなにも心臓が嫌な音を立てドクドクと鳴っているのはいつぶりだろうか。

柄にもないと思いながらも、緊張をしていると認めざるを得ない。

「いくぞ」

「勝手にしろ」

相棒として長年使ってきた愛刀は奪われた。

もう、逃げるなど出来はしない。

イスハークは高く聳える扉が開く様を、息もつかぬ程気を張り巡らせながらただ見つめていたのだった。