蒼穹を往く奏楽・14




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聳える扉が開き、イスハークは一人中へと促された。

大臣も兵士もついては来ないようだ。

「相変わらず、悪趣味だな」

入口から真っ直ぐに伸びる細長い深紅の絨毯には両サイドに金のラインが描かれ、白い壁は白の地模様と金箔で飾られている。

室内は扉の大きさが見合い無駄広く天井は高い。

壁際には兵士が等間隔に立ち、その兵士らは今しがたまでイスハークの周りに居た奴らとは違い、甲冑も兜も剣も全てが金色だ。

此処は、クレイアーク国アズベール城・謁見の間。

今この部屋に居るのはイスハークと兵士、そして深紅の絨毯の先、檀上の王座に堂々と君臨する一人の男だけである。

「何をしている。さっさと此処まで来い」

男が───クレイアーク国国王ランヒス・クレイアークが、低く威圧的に言った。

この部屋を警護する金色の兵士は王の僕である証だ。

それを名誉と取るか不名誉と取るかは人それぞれだが、イスハークにしてみれば後者でしかない。

王の犬、その嘲名がこれでもかと当てはまる。

扉から入ったばかりの場所から、イスハークはランヒスを眺めた。

来たくて来た訳ではなく、むしろどんなに此処へ来たくなかった事か。

嫌悪感と緊張感が胸の中で渦巻いた。

あの嵐さえ起こらなければ、などと言ったところでどうにもなりはしない。

ならばせめて隙など見せるものかと、無意識に眼孔が鋭くなるのを感じながらイスハークは王座に向け足を踏み出した。

ここに来るのは初めてではない。

幼い頃に何度か、数える程度だが来ている。

最後に訪れたのは18年前。

その時も今と同じように、此処に来るのが嫌で嫌で仕方が無かったと今でもはっきりと覚えている。

ランヒスを見据えたまま、イスハークは王座へ上がる段の前で足を止めた。

「よく来たな、クリスフィート」

「来たな、だと?無理矢理に連れて来させておいて良く言えたもんだ。それに、俺はクリスフィートなど知らん」

大臣にも告げた同じ言葉を繰り返す。

この男と顔を合わせるのも此処へ来るのと同じ年数ぶりだ。

その歳月は大きく、当然の如く互いに変化を遂げている。

ランヒスの髪は白髪交じりで眉間には濃い皺が刻まれ、若い頃はさぞ女性にもてはやされただろう面持は今は笑みを想像出来ない程に厳めしく強張り、近寄り難さばかりが主張されていた。

それでもイスハークはこの男がランヒスであると疑う事はない。

「海賊になったという噂は耳にしていたが、この目で見るまでは半信半疑であった。だが・・・噂は違わず、下賎な輩と成り果てたようだな」

「あぁ、俺は海賊だ。だが、成り果てるも何も俺は何も変わっちゃぁいない」

此処に居るのは、海賊船バリアーカクイーン号・船長イスハークだ。

下賎と言われようと下劣と言われようと、たとえ外道と言われた所で構わない。

誰に何を言われても、海賊としての自尊心は失われるものか。

顎を上げたイスハークは、檀上のランヒスを睨みつけた。

「貴様のような存在は恥でしかない」

「お前にンな事言われる筋合いはねぇ。つまらない戯言をほざく為にわざわざ俺を呼んだのか?」

「見た目も態度も言葉遣いも、何もかもが下品だ。一から躾け直さなくてはならないというのは面倒だが仕方がない」

独り言のように呟くランヒスは、イスハークの言葉など聞くつもりもないのだろう。

まるで会話の噛み合っていないその事柄に、イスハークは咄嗟に身を乗り出した。

「誰がお前などに躾けられるだと?ふざけるな」

「やはり、まずは言葉使いから叩き直すべきだ。誰に向かって口をきいている」

「誰?お前以外に居ねぇだろ、ジジィ」

「それが国王に、それ以前に───親に対する態度か」

低い声は呆ればかりを伝え、怒りすらも沸いては来ないと言われている気がする。

しかしイスハークは顔色一つ変える事無くランヒスを冷たく睨み続けた。

「俺は海賊・イスハークだ。親など居ない」

「クリスフィート、いつまでも子供の駄々のような事を言い続けるな」

「俺はイスハークだ」

「よかろう、それ程までに意地を張るというなら、この血のタリスに尋ねるまでだ。鮮血一滴で貴様の生来の姿を示すだろう」

「・・・・」

ランヒスが、肘掛けに置いていた左手を前へと突き出す。

年齢を感じさせる傷一つない指には、金の台座に黒に近い赤色のタリスが飾られた指輪が嵌められている。

血のタリス。

代々クレイアーク王に受け継がれるそのタリスは、与えられた鮮血が当代の王に近い血であればあるほど強い光を放つとされていた。

「答えぬが答えか。クリスフィートよ」

イスハークは目を細め奥歯を噛む。

確かに子供の駄々だ。

胸に刻んだ誇りがイスハークの名を選べども、この血潮はそれを許してはくれない。

───クリスフィート・クレイアーク。

それが、この国と共にイスハークが捨てた名であった、