蒼穹を往く奏楽・21




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食事を続ける拓深に、ガノンは静かに口を開いた。

「イスハーク様はまだお戻りになりません」

「うん」

「このままお戻りにならなければ、こちらからお迎えにあがります」

さらりと、さも何でもないとばかりにガノンは言う。

動揺の欠片も感じられない彼の言葉から、覚悟は既に決まっているのだと伝えられた。

「イスハークが何処に連れて行かれたか知ってるの?」

「えぇ。アズベール城で間違いがないかと思います」

「アズベール、城?」

パンを千切る拓深の手が止まり、顔を上げると正面のガノンを見やる。

イスハークを連れに来たのが兵士と大臣らしいという事は知っていた。

だが元々博識とは言い難い拓深は連れて行かれた先が城であるとまでは考えておらず、事の重大性を改めて突き付けられた。

食欲は減退する。

けれど、今は食べなくてはならない気がした。

「迎えに行くって、城に?」

「はい。夜が更けるまで待ちます。ですがこのまま変化が見られなければ、朝日が姿を見せる前に動き出します」

「城になんて、入れるの?」

「入ります。イスハーク様の救出の為なら如何様にもいたします。このような事態は初めてではありません。ご安心くださいと、お話をしようと思っていたのです」

ニコリと微笑むガノンが、やはり眼だけは笑っていない。

このような事態は初めてではないという。

イスハーク達は法を犯した海賊で、いつ捕まる危険があるか解らないと常々話していた。

だが、今回捕まったのもそれまでと同じ状況なのだろうか。

別れ際のイスハークの様子が、あまりにも物々しく思えてならない。

「それだけ?」

「・・・と、言いますのは?」

「僕に言いたかったのは、それだけ?」

スープを掻き込む拓深に、ガノンは唇を結ぶ。

やはり、『それだけ』ではなかったのだろう。

そして再び口を開いた時には、ガノンはもう口元にすら笑みを浮かべてはいなかった。

「いえ、最も重要な件がございます」

「うん」

「イスハーク様は、───この国の王族の人間、元王位継承権所有者です」

「・・・」

「っ・・・・はぁあ!?嘘だろ、嘘ですよね、副船長!?」

「そっか」

静かに言うガノンの声を、ジーノの絶叫がかき消す。

ただ頷いただけの拓深に比べ随分と派手に驚いて見せるものだ。

作り付けのベンチタイプの椅子はその場で立ち上がるにはテーブルまでの距離が狭すぎたが、それでもお構いなしに立ったジーノはガノンと拓深を見比べる。

何度ものそ視線を往復させ、そしてジーノは拓深にそれを止めた。

「お前は、知ってたのか?船長が、その・・・」

「知らないよ。初めて聞いた」

「その割に落ち着いてるじゃねぇか」

「そっかな」

ジーノ程でないにしても、少なからず拓深も驚いている。

けれど、どこかすんなりと受け入れられるという気持ちもあった。

つい数ヶ月前の事だ。

元の世界で池に飛び込み、この世界にやって来て、海賊に拾われ、そしてその海賊船の船長の恋人になった。

それだけの不思議や突拍子のない出来事が自分自身の身に起きているのだから、今更この程度───イスハークが元王位継承権所有者だと言われた程度、今更驚くでもない気もする。

「驚いてるよ。でも、今のイスハークは海賊だから」

「は。なんだそれ?」

「イスハークは、王族の人だったのかも知れないけど、でも今はこの船の船長でしょ?」

「いや、そうなんだけどよ・・・・」

「それに、約束したから」

迎えに来てくれると。

大した距離は離れていない。

たとえ今この船に居なくとも、アズベール城なる場所へ連れて行かれているとしても、この世界にイスハークは居る。

同じ空の繋がる、この世界のどこかに居るのならば、必ずイスハークは帰って来てくれるだろう。

拓深は無意識のうちに自身の左腕に巻かれた包帯を触れた。

「僕も、行く」

「っ・・・拓深さん、それは」

「僕も、イスハークを迎えに行くよ」

「拓深、お前・・・」

「何を仰っているのですか。お伝えしたかったのは船長が王族である事だけではなく、その為に国王に───っ」

「でも、ガノンは迎えに行くんでしょ。なら、僕も行く」

イスハークが何者であるかなど関係がない。

元が誰であったとしても今は海賊船の船長で、拓深の恋人でしかないのだ。

そしてその彼をガノンが迎えに行くというなら、王族ではなく、海賊としての彼を迎えに行きたい。

「お腹もいっぱいになったし、僕も自分の身くらいは守れる気がする。痛いのは、平気だし。・・・もう、これも取って良いよね」

空の食器が並ぶ前にフォークを置く。

腕に巻かれた包帯を、拓深はゆっくりと解いた。

ここに誓った。

イスハークを一生愛すると、信じるのだと。

「拓深さん・・・」

「ガノン、お願い。イスハークに会いたいんだ」

包帯の中に包まれていた日に焼けた腕。

そこに刻まれているのは、イスハークの紋章。

イスハークの、所有の証。

その美しい文様にガノンは瞼を閉ざし頭を垂れたのだった。