蒼穹を往く奏楽・24




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暗がりの森を、ガノンとはぐれないように走る。

拓深の後ろからはジーノが続き、今のところ鳥が木々から羽ばたく以外の気配は感じていない。

船が襲われれば合図に打つと言っていた大砲をの音もまだ聞こえず、船の安否を教える。

「・・・こっちです。はぐれないでください」

「うん」

ガノンは城の場所を知りそこにイスハークが居ると確信した上で向かっているのかと思っていたが、どうやらそうではなく、時折腰に下げた袋からコイン状の物を取り出しては何かを確認しながら走っているようだ。

横目で見た限りでは、ガノンの手のひらに置かれたそれはエメラルドグリーン色で、その中央に夜目でもはっきりと解る矢印が浮かび上がっていた。

それが何を指しているのかまでは知れないが、余程信用をしているのかガノンの足取りに迷いはない。

「・・・また、鳥か・・・」

頭上で、高い木から鳥が飛び立ったのか枝葉がガサガサと揺れた。

船を降りれば直ぐに襲われるとジーノに脅されていたが、実際は兵士や盗賊どころか小動物一匹襲っては来ない。

もちろん襲われないに越した事はないのだが、拍子抜けをしてしまう。

けれどいつ襲われるか解らないという緊張は一歩歩く毎に増してゆき、草木がガサリと鳴れば肩が震えるし、ガノンが立ち止まれば背に緊張が走った。

ジーノの言っていた『怖くないか』の意味がようやく解った気がする。

まだ刺されても襲われてもいないが、いつ襲われるかもしれないという心境はなんとも恐ろしい事だ。

不意に攻撃されても直ぐに反応が出来るようにと、戦闘に慣れない拓深だけはダガーを手に走っており、その切っ先に注意を払わなければならいというのも恐ろしさの要因の一つである。

己の武器で自分自身を、もしくはジーノやガノンを傷つけていては本末転倒だ。

「おい、拓深。大丈夫か?まだ疲れるには早ぇぞ」

「疲れては、ないよ。大丈夫、だけど・・・」

「ついて来なかったら良かったとか言うんじゃねぇだろな」

「それも、ないけど・・・」

けれど、何処まで行くのか解らない暗闇は、精神的に辛いものを与えた。

頭上を見上げれば高い木々の隙間から見える空は随分と白んでいるが、前を向けばそこはまだまだ闇で、数メートル先も見えない。

城を目指しているとは聞いているが見える限りそのような物がある雰囲気もなく、そもそも木々が並ぶばかりの森は進んでも進んでも同じ場所を巡っているようにすら感じる。

今が全体の何割程度進んだのか、船を出発してからどれ程の時刻が経ったのかも知れなくて、船でじっとしていた時とは違う焦燥に襲われ、まるでもうイスハークと会えないのではないかという錯覚にすら落ちいった。

「・・・早く、会いたいな」

「会って?抱き合ってチューでもすんのか?」

「・・・。うん、したいな」

「のろけやがって。まったく良いよなぁ」

「拓深さん、ジーノ。あまり声が大きいと、こちらから敵に我々の居場所を教える事になります」

「・・・」

「・・・・」

低く抑えた声で、ガノンが簡潔に言った。

もっともだ。

話して居た方が緊張は和らぐものの、出来る限り兵士や獣や他の誰にも見つかりたくはない。

心の中でガノンに謝罪をし、拓深は唇を閉ざした。

ガノンやジーノは恐怖を感じていないのだろうか。

日夜いつ誰に襲われるか解らない海賊だ、このような事態も慣れているのかもしれない。

三人とも同じ海賊船に乗っていると言っても、未だ拓深はお客様でイスハークの愛人でしかなく、二人とは全く違う。

ふと振り返ったガノンは、鋭い眼差しと表情をしており、それだけに不安や迷いを感じさせなかった。

絶対にイスハークを助ける。

ここにいる理由は、それだけなのだろう。

恐怖や不安が迷いを生んでいたなど情けないと、拓深はダガーを握り直した。

イスハークを助けたいという想いはガノンと一緒、否気持ちだけならば負けるつもりはない。

意識を張りつめ直したその時。

周囲の草木が一斉にガサガサと大きな音を立てた。

「・・・ようやく、現れましたね」

堅い声音でガノンが呟き、生い茂る草木の向こうには前後左右見渡す限り───武装した男に囲まれていた。

今までどこに潜んでいたのか、まるで解らなかったというのに。

逃げ場はなく、圧倒的に人数が多い。

「私たちを船から遠ざけさせたかったんでしょうね」

「船から・・・」

「簡単に加勢を呼ばせねぇ為だろ」

自然とジーノとガノンが背中合わせに拓深の近くへ寄った。

兵士の数は数えきれず、こんなにも多くの兵士に囲まれれば勝てる訳がない。

逃げられもしないなら残された選択肢は死か。

拓深の根底にある諦め癖が、この恐ろしい状況下ではもう勝ち目はないと囁く。

だが。

その拓深に、背を向けるジーノが軽く言った。

「お前は目の前だけ見てろ。何かあったら俺に言え。俺がお前を襲ってくるやつ全員ぶっ殺してやる」

「ジーノ・・・」

「ぼうっとすんなよ。俺はお前に背中預けんだ。お前と一緒に串刺しだけは勘弁だからな」

「う、うん」

背中を預ける。

そして、預けられる。

その意味は教えられなくとも解る気がした。

ジーノの与えてくれた信頼に、応えたい。

ただの船長の愛人、今はそれだけではなくて。

兵士の一人が一歩踏み出した甲冑の掠れる音がした。

それを合図に、兵士らは拓深達に向かってきたのだった。