蒼穹を往く奏楽・25




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ガノンもジーノも、兵士やまして武道家ではない。

海賊なのだ。

ひとたび剣を抜いた彼らを目に、拓深は改めてそれを実感した。

自身の負傷など省みず前に突き進む姿は、ある種の恐ろしさすらある。

もっとも、そのような事を拓深が考えていられたのはほんの一瞬でしかなく、自身の前に兵士が迫り来ればそれ以外見てなどいられなくなった。

「っ・・・」

「クッ・・・」

兵士らは甲冑を着込み装備は手強い。

だがその分動きは鈍く、攻撃を避けるだけならば拓深にも出来た。

「ジーノ、敵、敵」

「うっせぇよ。出来る限り踏ん張れ!」

襲ってくるやつ全員ぶっ殺してやると言ったのはジーノではないか。

だが、いざ戦いが始まってみればジーノはジーノで拓深の背を庇いながら防御と攻撃をするのに精一杯で、背面からの敵にまで手が回らないようだ。

ガノンはといえば、二人から離れ身軽に身体を翻し多くの敵を倒してた。

元はと言えば一人で城に乗り込もうとしていただけあり、ガノンは平素の彼からは想像もつかない剣術を持ち合わせているようであった。

無理を言い、ジーノを巻き込んでまで着いてきたのだ、ただ突っ立って守られるだけではいけない。

「くっ・・・ハッ」

拓深はダガーを強く握り直した。

目の前の兵士は大剣を振り上げている。

太く長いこの剣をダガー一つで受けるなど出来そうにはなく、防御が出来ないなら───攻撃をするしかない。

身軽さはこちらが断然上だと、拓深は身体を沈めるとがら空きの兵士の足へとダガーを突き刺した。

「くっうわぁぁ・・・・」

「はぁ・・・はぁ・・・」

周囲のどこかしこで剣はぶつかり合い、人が倒れる音もする。

荒い息づかいや痛みに叫ぶ声も絶え間なく、どれが何処から聞こえるのかも解らない。

けれどそんな中であっても、己の刺した兵士の絶叫だけはとても鮮明に耳へと届いた。

虐げられ痛めつけられる事が日常だった拓深だが、人を傷つけたのは初めてかも知れない。

それも見ず知らずの会ったばかりの男を、鋭利な刃物で。

人を傷つけるのはあまり良い気分ではなく出来るならば味わいたくはなかったが、しかし殺らなければ殺られる。

殺らなければイスハークを助けられないならば、何度でも剣を振るうしかない。

そもそも先に襲って来たのは相手側だ。

剣を抜き振りかざしたという事は、その攻撃を弾かれ自身が傷つく可能性も十分に考えているのだろう。

戦闘を交えるとは、きっと覚悟の上にある事なのではないかと、生まれて初めて己の手で傷つけ血を流す兵士を見ながら拓深は感じた。

「っ・・・あ・・・」

しかし、感慨に耽っている暇などない。

たった一人の足を刺しただけで大仕事を終えた気になってしまっていた拓深は、慌てて突き刺したままのダガーを引き抜き、その手で負傷に呻く兵士が剣を握る腕を切りつけた。

「ご、ごめんね・・・でも、僕はイスハークのところに行きたいんだ」

「ぐっ・・・あぁぁ・・」

利き手を傷つけられた兵士は剣を取り落とし、反対の手で血が吹き出す傷口を抑えながら地面に膝をついた。

この兵士はどうなるのだろう。

死ぬのだろうか。

助かったとしても、傷は元のように治るものだろうか。

剣を抜く事が命を懸ける事だと思えたとしても、だからといって命を奪う事を仕方がないと割り切れはしなかった。

「おい、拓深、前!」

「・・・え?あっ」

すぐ後ろでジーノに大声で叫ばれ、拓深はハッと我に返ると己へと向けられている剣に気が付いた。

真っ直ぐに胸へと迫りくる大剣が、まるでスローモーションのようにゆっくりはっきりと感じられる。

その切っ先があまりに鋭くて、身体が指先一つ動かない。

「馬鹿、串刺しは勘弁してくれつってんだろ」

ジーノが拓深に体当たりをし、咄嗟に前後を入れ替わる。

反動でよろけた拓深が振り返ると、ジーノはカットラスで兵士の剣を弾き飛ばせていた。

「・・・はぁ、クソッ」

キンッ、と刃がぶつかり合った甲高い音が響き、それを耳にした拓深は、ゆっくりであった時間の流れから解放された気がした。

もしもジーノが気が付いてくれていなければ、彼の言葉通り二人揃って串刺しになっていたやもしれないだろう。

ぼうっとしている隙はなく、もう此処は戦場で逃げられないのだから、恐怖や不安や迷いをからも逃げてはならない。

「っ・・・と。随分、減ったか?でも・・・まだまだいらっしゃるようだ」

「ジーノ、僕も、倒すよ」

「そうしてくれ。俺も結構きつくなってきた」

乾いた笑いを飛ばし、ジーノはまた一人兵士を切り付けた。

血肉が宙を舞う。

それは少しだけ美しく、その何倍も悲しい。

「・・・ごめん、なさい」

個人的な恨みはないがそれは互いに同じ筈で、それでも戦わなければならないのだから、負けてやる訳にはいかない。

今までのように諦め癖を出していれば、聖人のように清らかな身で居られただろう。

けれどそんな物に価値があるものか。

背面のジーノを意識しながらも、拓深は別の兵士の近くで身を沈めると甲冑に覆われていない足を狙い先ほどよりも鋭くダガーを突き立てた。

今更であるが、大剣と戦うには短剣のダガーでは攻撃力は劣り過ぎる。

もし次にこうして戦わなくてはならない場面があるなら、その時はイスハークやジーノと同じカットラスを持ちたい。

そうイスハークに言えば、彼は何と言うだろうか。

ふとそのような事を一瞬だけ脳裏に過らせながら、拓深は二人目の兵士の手から剣を落とさせる。

見渡せば立っている兵士よりも地に倒れている兵士の方が多く、そしてジーノとガノンは依然、気丈に剣を振り上げているようだ。