蒼穹を往く奏楽・26




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太陽は完全に登り切り、薄暗かった森にも木々の葉の隙間から朝焼けの光が差し込んでいる。

辺りには生臭い血の香りが立ちこめ、見渡す限り負傷した男らが倒れていた。

「・・・ハァ、ハァ・・・・」

「よーし、ま、こんなもんか。兵士がなんだー!海賊舐めんなよー!」

腹の底から吐き出すように大声で叫んだジーノは、両腕を天へと伸ばす。

それに答えたのは、枝を揺らし飛び立つ鳥ばかりだ。

ガノンとジーノの活躍の甲斐があり、あれほど大勢居た兵士らは壊滅していた。

拓深が考えていた以上に二人は強く、かすり傷はあるものの誰一人として大けがを負っては居ない。

「またいつ襲われるか解りません。先を急ぎましょう。間もなく到着します」

「うん」

「イエッサ」

二人に比べれば大した事などしていないのに息を荒げる拓深と、勝利の高揚感に浸っているジーノを余所に、いつもと代わらず冷静なガノンは血にまみれた剣を振るって鮮血を落とすと鞘に納め先を睨みつけた。

いくら兵士に打ち勝ったといえど、まだ何も終わった訳ではない。

むしろ、これからが始まりですらあるかも知れない。

だというのに既に荒い息をついているなど情けがないと、拓深も血のついたダガーを振るいガノンに続いた。

これからは少しでも身体を鍛えた方が良さそうだ。

毎日イスハークや、彼ほどでないにしてもジーノらもトレーニングを行っているのだから、これからは彼らの隣で一緒にしたい。

そうすれば、筋肉どころか肉自体が少なく貧相な身体も少しはマシになるだろう。

イスハークは拓深を抱く度に細い・細いと言っている。

それが良いのか悪いのかは知れないが、筋肉がつけばもっと良く思ってもらえるかもしれない。

誰かに良く思われたい、そのような感情が自分の中に有ったのだと改めて知り、拓深は小さな驚きを感じた。

イスハークが与えてくれた様々な事。

その一つは、今まで知らなかった感情を教えてくれた事だろう。

「拓深さん、ジーノ、はぐれないでください。もう少しです」

「うん」

「城・・・こっちですか?」

「いえ、城には向かいません」

「・・・え、だって」

城に向かうとばかり思っていた。

ガノンもそう言っていたのではないか。

間もなく到着と聞いた今になり困惑を与えられた拓深は、それでも足早に進むガノンから離れないようにと懸命に後を追った。

足場の悪い森は、気を抜けば大きな石や張り出た木の根に足を取られそうになる。

「副船長、それはどういう事ですか。船長は城に居るんじゃないんすか」

疑問に感じた事はジーノも同じだったのだろう。

動揺するばかりの拓深とは違い噛みつく口調でジーノは言ったが、一方のガノンはすました様子のまま落ち着いて続けた。

「えぇ、船長は城に居るでしょう。ですが、城に突っ込んだとして、無事中に入れる可能性がどれだけあると思っていますか?先ほど以上の兵士に囲まれるだけです」

「・・・そう、かも知れないっすけど・・・だったら一体どこに?」

「城には進入します。ですが、城内に入るのに城の入り口以外の場所が無いと誰が言いましたか?」

「・・・え?」

「副船長、それって・・・」

「見えました」

ガノンにはガノンの考えがあるのだろう。

意味深な言葉を告げた彼は、前方を示すとそこへ足を進めた。

一見何もない、それまでと変わらない森の真ん中だ。

だがそこの中に不自然に盛り上がっている場所があり、よくよく見れば蔦や雑草・落ち葉に覆われたその下に何かがあると知れた。

「あれです」

「あれ?」

「あれ、なんすか?」

「井戸です」

躊躇う事無く、ガノンが剣を取り出し蔦や雑草を切り払う。

そうすると、今までそれらに覆われていた下には、煉瓦造りの円柱型の物があるとはっきりと見えた。

これが井戸なのか。

井戸という物自体を初めて見た拓深には判断のしようはない。

「副船長、この井戸って・・・」

「昔と変わっていなければ、ここから城に通じている筈です。・・・十数年前、国を出る時に私と船長は此処を通り城を出ました」

円柱の上部に蓋をしていた丸い木製の板をガノンが両手で降ろし、湿り気を帯び半分腐っている風にも見えたそれがミシリとした音を立て地面に立てかけられた。

「とりあえずここは塞がれていないようですね」

「これ・・・」

拓深の腰程の高さがある円柱の中を覗きこめば、そこは正に暗黒だ。

底が見えず、深いのか浅いのかもしれない。

ただ、微かにであるが風の流れを感じる事は出来た。

「万が一行き止まりという可能性が無い訳ではありません。行きますか?」

「もちろんですよ。ここまで来て帰れる訳がねぇっす」

「うん。駄目だったら、その時はその時かな」

「安心しました。では、行きましょう」

井戸の淵にガノンが立つ。

ふと笑って見せた彼は、どことなく嬉しげに感じられたのだった。