蒼穹を往く奏楽・29




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何度通路を曲がったのかなどもはや解らない。

ふとすれば己の現在地すらも解らなくなりそうな中、けれどイスハークは確実に出口へ、そしてガノンの元へ近づいていると確信をしていた。

だがそれと同時に、妙な胸騒ぎも感じている。

城が、静か過ぎる。

牢から出て程なくして兵士二人とすれ違って以来、他には誰の姿も見ていないし足音や物音すら聞いてはいない。

いくら慎重に行動をしているとはいえ、これ程までに無事でいられるものなのだろうか。

現状に楽天的にはなれなかったイスハークは、殊更周囲に意識を張り巡らせた。

今頃、兵士は元よりランヒスにもイスハークの脱獄は知られているだろう。

ならばランヒスはイスハークを再度捕まえる為に尽力注いでいると考えて間違いはない。

敵中に居る限り、いつどこで襲われても不思議ではない状況だ。

「・・・くそっ」

片手で数えられる人数であればまだしも、もしもそれ以上の数の兵士に囲まれてしまった場合、粗末なナイフ数本だけで勝ち目はどれ程あるというのか。

だが、この城の静けさはどこかで待ち伏せられている可能性が高いように思える。

海賊稼業に身を置いて以来これまでも何度となく危機に面して来た。

けれど今回はその中でも非常に危うい部類に入るのではないかと思えてならない。

早くガノンと合流をしなければ。

気ばかりが急いた。

「・・・何故来ない」

もう、前方に見える扉を開ければ中庭に出てしまう。

だというのに、タリスの矢印がガノンの接近を知らせるばかりで肝心の彼の姿は一向に見えてこない。

まさかガノンも兵士らに捕まってしまったのか。

考えたくもない不安が、否がおうにも胸を占める。

「とりあえず、行くか」

此処で立ち止まっている訳にはいかない。

この狭い廊下に居たところで安全とは言えず、ならば外で何かが待ち受けていそうだとしても先に進むしかないだろう。

イスハークはナイフを握り直し、中庭へ通じる扉を開けた。

「・・・っ」

石壁に覆われた湿った通路から、太陽が昇ったばかりの清々しい屋外へと出る。

それまで意識をしていた訳ではないが地下牢から通ずる通路は空気が淀んでいたのだろう。

一口吸い呼吸をすれば、胸や肺を満たす新鮮な空気が気持ち良い。

「・・・俺の勘はよく当たる方なんだ」

扉を出て正面には森、左右には城の外壁が続く。

そして左右どちらにも───一見して数えられない人数の武装した兵士が立っていた。

嬉しくも無い結果に、イスハークは嫌味に唇を釣り上げる。

地下牢から続く通路はいくつもの道に枝分かれをしている為、イスハークを見張っていた訳でもない兵士らがイスハークの選ぶ道が解ったとは思えない。

だとするなら、城から外へ出る複数の出口にそれぞれ兵士が待ち構えていたのだろう。

やはり城の内部の静けさはこういう事であったか。

そして今はもう、此処にイスハークが居ると各所に連絡が行っていると考えてよい。

「賊一人に大層な事だな」

剣を構えたまま襲っては来ない兵士らに、イスハークは喉の奥で笑って見せた。

奴らが手にしているのが剣であったのは何よりの幸いだ。

これがもし、船に押し寄せた連中のように連射可能な銃を持たれていては今以上に勝ち目は絶望的だった。

「・・・・どこまでやれるか・・・」

銃ではなく剣を構えている事から、兵士らはイスハークを殺すのではなく捕えるつもりなのだろう。

ここで殺される事はない。

しくじれば牢屋へ連れ戻されるだけ。

そうとなったとすれば、また脱獄をしガノンを待つばかり。

ならば、負けを恐れるものか。

「いってやる・・・っ!」

目的はこの森の突破。

ガノンは必ずそこを通ってくる。

矢印が示す方向があの森を示していると知った時確信をしたのだ。

イスハークは森へと向け走り出す。

すると、それを合図としたようにこれまで間合いを伺っていた兵士らが一斉にイスハークへと襲いかかった。

「ハッ・・・」

「・・・クッ」

武装をした兵士と剣すら持たないイスハークであれば、身の軽さはイスハークが勝る。

けれどどれだけ懸命に走ったところで、兵士の中でも城の出口よりも森に近い位置に居た者らに行く手を阻まれては走り抜ける事は出来ない。

ならば、強行突破をするしかないと、イスハークはナイフを振りかざし兵士らを払い退けた。

ナイフ一本だからこそ、小回りが利くのだ。

「退け!」

身を屈め、兵士と兵士の間をすり抜ける。

後方からも振り下ろされる切っ先を、別の兵士を盾にかわす。

だが、気が付いた時にはイスハークは四方を兵士らに囲まれていた。

「っ・・・ハァ・・・」

これだけの数だ、真っ当に相手をしても勝機はない。

だからといってナイフ一本と攻撃を交わすだけというのも、限度が見えてくる。

「クソッ・・・」

側面から降ってきた剣を、肌に触れる直前にナイフで受けた。

一歩遅ければ大参事だ。

兵士らはイスハークの腕の一本や二本なら切り落としても構わないと言われているのかも知れない。

受けた剣を払い退ける事も出来ず、イスハークはナイフを引く事で相手のバランスの崩れを誘う。

それをきっかけに、イスハークはなんとか兵士らに囲まれている中から抜け出したが、しかし森へ入るには兵士らの壁を越えて行かなくてはならなくなった。

せっかく間合いが取れたというのに、また兵士らの中へ突入するしかない。

他に手立てはないのか。

兵士らを睨みつけながら苦慮していた、その時だ。

「イスハーク様!」

「・・・・遅い」

唇の中で苦言を告げる。

しかし、その安堵感はとても大きい。

イスハークは兵士らに阻まれて見えない姿に、ニヤリと唇を歪めた。

聞き覚えがあり過ぎるまでにある、待ち人の声。

今まで何をしていたのかと罵りたくもなったが、何はともあれ奴が───ガノンが到着すればこちらのものだ。

「早く来い。道を開けろ!」

そして、早く船へ戻らせろ。

船には、拓深が待っている。

ガノンの出現で動揺する兵士らに構わず、力の限り叫んだ。

だが返って来た返答に、否その声に、イスハークはこれまで張りつめていた意識が急激に揺さぶられた。

「イスハーク。そこに、居るんだよね?」

「・・・っ」

何故、この声が聞こえる。

これは幻聴か何かなのか。

「イスハーク、イスハーク?」

「・・・、拓深?・・・拓深!!」

何故、拓深が此処に居るのだ。

それは考えても解りそうにはない。

ただ一つ解るのは、船に戻るまでもなくこの兵士らをなぎ倒せば拓深に会えるという事だ。

ガノンが兵士を倒すのを待つ気にもなれず、イスハークは隠しから新たなナイフも取り出し両手に一つづつそれを握ると、兵士の壁の中へ突入して行ったのだった。