蒼穹を往く奏楽・6




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

いつも以上に激しい性交の後拓深は眠ってしまい、どれ程そうしていたのか次に目が覚めた時には船内は上陸の準備で忙しそうであった。

脱がされた服をとりあえずだと着直し、拓深は甲板に出る。

空は晴れ渡り、風は清々しく、先の嵐が夢のようで同じ空だとは思えない。

まだ遠くに見える陸地にはかろうじて建物らしきもののシルエットだけが確認出来た。

ギザギザと尖って見えるそれは、国か街かは知れぬがその地の繁栄を示すかのように広大に広がっている。

「拓深。起きたのか」

「イスハーク・・・うん」

声に気がつき拓深がそちらへ視線を下げると、梯子を登りイスハークが姿を見せた。

すまし顔の彼の感情は読み難い。

いつもの白いシャツの上には深紅のコート。

革のパンツの腰にはカトラス。

直ぐ目の前に立っても口元すら緩めはしないイスハークは、どことなく物々しく感じる

それは上陸に備えて気が立っている為だろうか。

「身体は、どうだ?」

「大丈夫。とりあえず歩けるよ」

「歩くのも辛いという事か?」

「え?あ、ちょっと、かな。でも大丈夫」

あれだけ身体を弄ばれたのだ。

腰はだるく、まだ後孔に違和感を感じる。

身体全体もじっとりと重い気もしたが、けれどそれだけでしかないので拓深の気にするところではなかった。

殴られたり切りつけられたり、身体に穴を開けられたりとした訳ではない。

今の拓深にとって一番辛いのは、空腹だ。

けれどその拓深に、イスハークは見つめていた視線をふと反らした。

「・・・悪かった」

「何が?」

「無理を、させてしまった」

「大丈夫だよ。今からご飯食べさせてもらうから」

嵐による浸水により食糧にも被害が及んでいると聞いてはいるが、イスハークや幹部らは普段と変わらない食事をしているし、拓深もそれに便乗をさせてもらっている。

ただ、せめてもだと一日二回の食事以外は酒やつまみを含む間食の類は一切摂っていない。

本当は食事も質素な物で良いのだが、拓深がそうと言ってもイスハークも調理担当の船員もそれを受け入れてはくれなかった。

船長室のある上層部から甲板を見下ろす限り船員らは忙しそうにしているが、それだけに食堂は空いていそうだ。

イスハークと顔を合わせたところで申し訳ないと思いながらも、空腹が酷い為食堂に行きたい。

それを伝えようとイスハークを見やると、彼は何か言いたげにあからさまに眉間に皺を作った。

「何の話しをしている?俺は飯の話しなどしていない」

「え。だって、お腹すいたから。気がついたら沢山寝ててご飯食べそこねちゃったけど、今から食べるからイスハークは気にしなくていいよ」

どこまでも、拓深の思惟にあるのは空腹だけだ。

どれだけの時間を眠っていたのかは解らない。

けれどたぶん、この太陽の高さを見ると丸一日は食事を摂っていないのではないだろうか。

加えてあれだけの『運動』をしたのだからこの空腹は当然とも言えるし、それだけではなく話している内に喉も乾いてしまった。

「俺はそんな事は・・・」

「イスハークは、ご飯食べた?」

「・・・あぁ、それがどうした」

「うん。良かった。イスハークも、疲れただろうって思ったから。あれだけいっぱいしてもらったから、大変だよね」

拓深がSEXにおいてタチ側に回る事は今までの人生で一度もない。

だからこそ、大抵がベッドの上に横たわっているか四つ這いになっているかの己とは違い、あれだけ動き続けるのは疲れると思うのだ。

持続時間は短いが騎乗位になった時を思い出せば、『動く』辛さを想像しぞっとする。

そのうえ、己は今まで寝ていたというのにイスハークは身なりを整え仕事をしていたのだろう。

ただSEXをするくらいしか役に立てる事を思いつけない自分とは、立場はもちろん体力や責任感もまるで違う。

そう思うと、拓深は反射的にイスハークのコートを掴んだ。

長身の彼を見上げる。

すると、反らされていた彼の灰色の瞳が拓深へと戻った。

「忙しい、みたいだけど。無理、しないでね?」

「拓深・・・」

「僕、ご飯食べてくる」

「・・・あぁ」

イスハークから手を離し、拓深は彼に背を向けた。

辛いのは、空腹だけ。

以前は今とは比べものにならない食事の少なさでも耐えれていたというのに、こんなにも我慢が出来なくなってしまったなど、どうやら贅沢な生活が身についてしまったようだ。

今日のメニューはなんだろう。

食糧不足からそろそろ質素な食事になっているかもしれない。

それはそれで構わないが、出来れば暖かいスープがあれば嬉しい。

そこに野菜の欠片でも入っていて、腹が満たせれば十分だ。

梯子を降りる為身体を反転させた拓深は、ずっと見つめられていたのだろうか、怪訝な表情を浮かべるイスハークと視線がかち合った。

彼は見送ってくれるつもりなのか。

忙しいだろうに、そう思えば嬉しかった。

「行ってくるね」

拓深はバイバイと手を振る。

限らせた船の上でも『出かける場所』と『戻る場所』があるというのは幸せだ。

けれど拓深の心情とは裏腹に、イスハークの眉間の皺は一層深くなったのだった。