蒼穹を往く奏楽・7




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

バリアーカクイーン号が、港から離れた奥まった入り江に停船している。

ひっそりとしたそこはどことなく薄気味悪い。

何故わざわざこのような場所に船を停めたかというと、イスハーク達は海賊であり、この船は海賊船である為港には停められないらしい。

それだけを聞けば至極正論にも思えたが、しかし拓深の記憶にある限り、普段はさも堂々と港に、それも一番良い場所に船を止めている。

イスハーク達は陸地では滅多に諍いを起こさず、金はここぞとばかりに落としてゆくので街にとっては上客のようだ。

酒場の女はもちろん、老舗のブティックの店員もイスハークには腰が低い。

だというのにこの地に限っては港に停船させないというのは、やはり特別な場所なのだろう。

嵐の少し後の船長室の前で聞いてしまったイスハークとガノンの会話を拓深は思い出す。

あの時イスハークは強く上陸を拒んでいた。

今のような事態でなければ避けて通ったのだろう。

その事について気にならなかったのかと言えば嘘になるが、イスハークと顔を合わせた途端SEXに持ち込まれてしまったし、そうでなくても立ち聞きをしてしまった罪悪感から、拓深はその話題に一切触れてはいなかった。

加えて、気になる反面知ったところで何となる訳でもないだろうから知らずに居ても良いだろうとも思う。

あの時のイスハークの様子は忘れられそうにはなかったが、諦め癖の強い拓深が何かに終着する事は少なく、これもまた同じくだという事だ。

一番下層の甲板の隅に置かれている樽に腰掛け、拓深はタラップが掛けられた船の降り口を眺める。

嵐以来初めての上陸とあり、船員達は浮き足だった様子だ。

縦社会意識が強いのか船の上では食事も湯浴びも厳しく定められているが、陸地では自由だ。

ぼんやりと賑わうそこを見つけていると、いるもの汚らしい格好とは異なり小ぎれいに繕ったジーノが拓深の元へ歩み寄った。

「なんだ、お前まだ居んのか?」

樽の上に座る拓深をジーノが見下ろす。

元は鮮やかな水色の髪も、今はどこかくたびれている。

いつもなら、船が港につくなり拓深イスハークに連れられさっさと船を降りてしまう。

だというのに今は出かけるそぶりも見せず、一人ぼうっとしている拓深を怪訝に感じたのだろう。

拓深はジーノを見上げると、肯定的に首を縦に振った。

「イスハークが見あたらないから。忙しくしてるのかも知れないし。一人で行こうかとも思ったんだけど・・・」

「ばっか、ンな事したらイスハーク様が激怒するだろ」

「そう、かな。うん、行かないよ。だって一人だと解らない事もあるから」

不思議とこちらに来た当初から言葉だけは通じ合った拓深であっても、文化や習慣の違いは避けては通れなかった。

戸惑いながらもなんとか今まで大きなトラブル無くやってこられたのは、常に近くで教えてくれるイスハークやジーノが居たからだ。

もしも異文化に対面した時、それが一人の時であればどう対処出来ていたか解らない。

「そうじゃねえって・・・お前は相変わらずだなぁ」

「え。なにが?」

呆れられたのは未だ順応出来ていない事にたいしてだろうか。

頭を掻いてみせるジーノの真意になど気づきもしない拓深は不思議そうにするばかりだ。

そうしてため息混じりの彼を見ていると、ふと離れた場所から名が呼ばれた。

「拓深、何をしている」

「・・・イスハーク」

「イスハーク様」

深紅のコートを翻し、甲板室から出てきたイスハークは降り口に集まる船員を押しどけるよう拓深へと近づいた。

すぐ近くに居るジーノには見向きもせず、真っ直ぐに拓深だけを目指す。

ジーノと話していてイスハークが迎えに来るというのは日常茶飯事だ。

今の彼はコートこそ着ているものの、出かける身支度をしている風には見えなかった。

「拓深、部屋に戻るぞ」

「うん。イスハークは、出かけないの?」

「あぁ。お前も出かけるな。出来るだけ部屋からも出るな」

断言的に言い切り、イスハークは拓深の手首を掴んだ。

どことなく、イスハークからは焦ったような落ち着きの無さを感じた。

気が立ちピリピリとしており、その雰囲気はあまり好きではない。

イスハークからは絶対にないと頭で思っていても、どうしても過去の経験から逆らってはいけない気分にさせられるのだ。

「解ったな」

「うん。イスハークが出かけないなら、僕も出かけないよ」

彼はそう言うだろう気がしていた。

船長室でのガノンとの会話を聞いていたからだろう。

やはりイスハークは船から降りないのだと妙に納得をし、拓深は彼に腕を引かれるまでもなく樽から立ち上がった。

「ジーノじゃぁ、僕、行くね」

「あ、あぁ」

「行くぞ」

「うん」

船員達が嬉しげに船を降りてゆく。

ジーノも街へ出かけるのだろう。

それを然程羨ましいとも思わず、拓深は揺れの殆どない船上をイスハークと並んで歩いたのだった。