蒼穹を往く奏楽・8




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ジーノと別れ船内へと戻るとイスハークは船長室ではなく食堂に向かい、船員の殆ど居なくなったそこで拓深達は久しぶりに酒やつまみやを存分に食べた。

華奢で頼りなげで、まだ青年になりきれていないような風体であるが、拓深はアルコールに強い。

元の世界で客や父親に無理矢理に飲まされていた成果だ。

当時は辛くて仕方がなかった記憶ばかりだが、真水が貴重で日常の飲み物の多くがアルコールである船上ではその経験は幸いしていた。

拓深が食事の好き嫌いを告げる事はあまりなくアルコールにしてもそうで、味が安っぽく渋かろうが薄かろうが出されたものを出されるがままに飲んでいる。

だが今日用意をされたのは、イスハークの部屋に大切に保管されている特上の葡萄酒であった。

品の良い渋み。

深い味わい。

それを拓深がどこまで理解出来ているかは疑問で、知れば目玉が飛び出る金額のする葡萄酒を安価のそれと変わらない感覚で飲みながら、イスハークと差し向かっていても特に会話もないまま、ただつまみとグラスを交互に手にしていた。

拓深はアルコールに強いが、それ以上にイスハークも強い。

その上二人ともペースが速く、まさに『水のように』飲むものだから、ボトル一本など二人にかかればあっと言う間に空になる。

そうして二本目の、こちらも同じく高価な葡萄酒を変わらないペースで空にしても、二人とも表面上にまるで変化はなかった。

顔色一つ変えず、瞼がたれ込む事もなく、足取りが不安定になる事もない。

眠気や気持ちの変化も拓深には感じられない。

それはイスハークも同じくだったのだろう。

散々に飲んで食べて、散らかしたテーブルをそのままに、空になったグラスを置くと作り付けの椅子から立ち上がった。

「・・・酔いも出来ないなんてな。拓深、部屋に戻るぞ」

「え。あ、うん。これ、持っていって良い?」

「好きにしろ」

片づけるなどという考えは毛頭ないのだろう。

さっさと食堂の出口へ向かったイスハークは、振り返り拓深を見つめている。

その視線に急かされながら、拓深はチーズやサラミをいくつか皿に纏めた。

ここ数日間は食事以外の間食をしておらず、それ自体に不満はなかったが、こうして食べられるのはとても幸せで残すなどしたくはない。

今食べなくても後で食べれば良いと皿を手にイスハークに追いつき、彼は拓深をチラリと見ただけで特に何を言うでもなく食堂を後にした。

船内はどこも静かだ。

思えば、こんなにも人の減った船は初体験かも知れない。

いつでも上陸はさっさとしてしまうし、船に戻るのは一番後だ。

「・・・」

とても不思議な気分になる。

今この船にはどれだけの人が居るのだろう。

今アルコールの準備をしてくれたので調理場には一人以上が居るのだろうが、ジーノは出ていったようだし、ガノンはどうなのだろうか。

そしてなぜ、イスハークは出ていかないのだろう。

知らなくて良い。

けれど少しだけ気になる。

黙ってイスハークの後ろを歩きながら、拓深はその背を見つめた。

しかし結局はなにも言えず、そうしている間に船長室まで到着した。

「まだ飲むか?葡萄酒に飽きたならブランデーでもウィスキーでもあるぞ」

「イスハークは?」

「俺は今はいい。どうせ飲んだところで酔えはしないからな」

「じゃぁ、僕も良い」

拓深にとっての飲酒は、以前はただ無理矢理に、今は水分補給と付き合いだ。

アルコールが嫌いな訳ではなくなったが、だが決して好きな訳でもなく、一人でも飲みたいかと問われると否だ。

何気なく持ってきた皿をこの部屋の唯一の机であるイスハークのデスクに置く。

すると、待っていたとばかりに拓深はイスハークに肩を掴まれた。

「・・・あ」

「暇だ。他にする事もないだろ?」

「え?・・・ぁ」

掴んだ拓深の肩をイスハークはベッドへと押し倒す。

こうなる事は容易に予測が出来ていた。

というよりも、本当はジーノの別れて直ぐにこうなるのではないかと思っていた程だ。

だというのに食堂で酒を飲み始めたので不思議に思っていたが、結局前か後かという差でしかなかったようだ。

抗う理由もなく、拓深は自ら身体をずらしベッドの上で良い体勢をとった。

「・・・拓深」

「んっ・・・」

イスハークの唇が、唇に重ねられる。

見た目にも態度にも変りはなかったが、やはりアルコールの摂取は身体に変化を与えていたらしい。

彼の唇が、いつになく熱い。

舌も唾液も熱くて、深いキスはいつも以上に情熱的だ。

拓深の瞼が伏せられる。

漆黒の闇となったそこでは、彼の感触だけが全てのような錯覚に陥る。

そしてイスハークの手が、早々に拓深のズボンに掛けられた───その時である。

「イスハーク様!イスハーク様大変です!!」

「・・・こんな時に」

突然船長室の扉が荒い手つきで叩かれ、外部からガノンがイスハークの名を叫んだ。

普段ならば、船長室のノックは二回以上されない。

誰であっても、イスハークと拓深の濃密な時間を邪魔しに来る事などないというのに。

けれど今ノックを打ちならしイスハークを呼ぶガノンの様子は、姿は見えずとも相当焦っていると伝えられたのだった。