蒼穹を往く歌声     05



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拓深を乗せ大きな船らしきものに近づいた小船は、船体に器具をセットするとそのまま上へと引き上げられた。

器具の性能の信憑性は解からないが、不安定に揺れるので拓深は全身に緊張を走らせていた。

下を見るのも怖い。

水色の髪の男に腕を掴まれたままであったのはむしろ安堵で、この程度の痛みは痛いうちに入らないし、男が掴んでくれているうちは簡単にこのボロイ船から落ちないのではないかと思えた。

それよりも拓深にとっては、何処の誰かも解からない男達よりも宙ぶらりんの船を揺らす風という自然の脅威の方が余程恐ろしい存在だ。

吊り上げられた船に乗っているという恐怖から瞼をきつく結んでいた拓深は、ガタンっと大きな振動に肩を大げさなまでに上下させた。

「っン・・・」

「着いたぞ。降りろ」

男は掴んでいた腕を離すと、拓深の背を突いた。

恐る恐る目を開けると、到着したのは木製の船の甲板のようで、そして小船は床よりも数段高い台の上に停められていた。

見下ろす限り拓深の身長程の高さがあるのではないか。

降りろと言われても階段も梯子もない為そうする術を見つけられない。

「え、でも・・・」

「降りろつってんだろ」

「あ・・・」

躊躇するばかりの拓深は、「降りろ」と急かす男により小船から突き落とされてしまった。

受身も取れないまま板張りの床に不恰好に転がり、打ちつけられた面がジンジンと傷む。

「おい、大丈夫か?」

タンッと切れの良い音を響かせ小船から飛び降りた水色の髪の男は、拓深の脇に来ると驚いた表情を浮かべ立ったまま顔を覗き込んだ。

「お前、飛び降りれなかったのか?だったらそう言えよ。突き落とすつもりじゃなかったんだ」

「別に・・・」

気まずそうに頭を掻く男に不思議な気分になりながら、拓深は甲板に手をつき身体を起こした。

そこから見上げると先ほどの小船はもう一人の金髪の男の腰程度の位置でしかなく、きちんと飛び降りようと思えば容易にそうと出来る高さのようだ。

甲板には他にも同じようなファッションの男が何人も居り、ジロジロと珍獣か何かのように拓深を見ていた。

拓深もまた、彼らが珍しくてならない。

それもその筈、安物で薄手のジーンズと首の伸びたトレーナー姿、黒髪に黒い瞳の拓深に対し、そこの男達は髪の色も服装も色鮮やかで派手。

拓深のようなシンプルな服装の人は他に居ないし、黒の髪も一見して見当たらない。

ぼんやりと見慣れぬ光景を見渡していると、小船に乗っていた二人とは違う、もう少し若い赤毛の男がニタニタと近づいた。

「なんだジーノ。捕虜でも女は丁寧に扱えよ」

「バァカ、違げぇよ。こいつは男だ」

「嘘だろ?そんな細っせぇ男が居る訳ねぇ」

「だったら、こんな肉付いてねぇ女が居るか」

ジーノと呼ばれた水色の髪の男は、拓深の二の腕を掴むと引っ張り上げ立たせ赤毛の男に見せ付けるように突きつけた。

薄いトレーナーは大量の塩水を吸い込み重く垂れ下がり、ボディーラインをくっきりと、とまではいかないまでに拓深に胸の膨らみがないと知らせるには十分であった。

「男か?にしちゃぁ、細っせぇし、女みたいな顔だな」

「だろ?こんな力の無さそうな男、市場に持ってっても売れねぇだろうから、船長がうちの性便所にくんねぇかな」

「いーねー。むさい男ばっかの船だ。こいつでも十分ご馳走に見える」

声を上げて笑う男達はどちらも拓深よりも長身で、身体に纏う筋肉は比べ物にならない程立派だ。

拓深程度が抵抗してもどうにもならないのは試さなくても解かるとあり、彼らの会話をただ黙って聞いていた。

結局、拓深は何処に居たとしても、この訳の解からない場所だとしても、男達の都合の良い性の道具にしか見えないのだろう。

女性よりも劣った、女性の代用品でしかないこの身体は粗末に扱われる事しか知らない。

逃げ込んだ場所は天国でもなく地獄でもなく、ただ現状維持だとため息も出ない出居ると、不意に周囲がざわめきだった。

拓深の前に居た赤髪の男は直立不動に立ち、ジーノは小さく息を呑んだ。

周囲に張り詰める緊張の意味も解からずにいると、梯子が掛けられた二階のように甲板が高くなっているところに二人の男が現れた。

遠目で容姿までは解からなかったが、一人は黒のような紫の髪、そしてその前に立つ男は灰銀の髪をなびかせていると知れる。

高みから見下ろすその男達は、一見して今この甲板に居る船員達とは違うのだと解かった。

服装も雰囲気も、そして身に纏うオーラも、何もかもが圧倒的に勝っている。

裸体の胸に深紅の薄手のコートのような物を羽織った灰銀の髪の男は、拓深をじっくりと値踏みすると良く通る声を放った。

「おい。そいつはなんだ」

「ハッ、船長、先ほど海に浮かんでいた男を拾いましたっ」

ジーノは裏返った大声で言うと、無意識なのか拓深を掴む腕に力を加える。

「拾った、だと?男、名はあるか?」

灰銀の髪の男は、鋭い双眸を拓深に注いだ。

反らせる事の出来ない威圧感を感じる。

「・・・拓深。篠原拓深」

「聞こえん」

「拓深・・・・・拓深!」

早くしろとばかりにジーノが腕を揺するから、拓深は腹の底から声を張り上げた。

どうせ自分の言葉など誰も聞いていないだろうとボソボソ喋る事が多い拓深が、こんなにも大声を出せるというのに己で驚いていた。

空腹の腹が痛んだけれど、広大は海原に響き渡ったその声にスッとした気分になる。

「声、出せるじゃねぇか」

遠目で、容姿も表情も明確には解らない。

けれど、その灰銀の髪の男がニッと笑って寄越した気がしたのだった。