蒼穹を往く歌声     07



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船酔いする隙もなく眠ってしまった拓深は、突然肩に重圧を感じ目を覚ました。

「ん・・・」

毛布を全身に巻きつけ蹲る拓深の肩がグイグイと押されており、起ききらない頭で斜め上を見上げるとそこには革パンに白いシャツ姿のイスハークが居た。

廊下へ続く扉が開けられているようで、ランプの明かりだけが頼りの室内は僅かに明るくなっている。

彼がここに居る理由が何かまでは気が回らなかったが、灰銀色の髪が視界に入れば、ランプのオレンジの光に照らされとても綺麗だ。

「起きろ。おい、起きろ」

「・・・ん・・?」

寝ぼけ眼の拓深はまた肩を揺さぶられたので、この重圧の原因は何事かと重い肩を見れば、そこにはイスハークの足が掛けられ革のブーツで蹴られている。

グイグイと何度も肩を足で押すイスハークをぼんやりと見上げると、彼は眉間にしわを寄せそこから足を下ろした。

「よくこの状況で寝ていられるもんだな。まぁいい。お前に聞きたい事がある。だがその前に・・・」

呆れた風にも取れる口調で言ったイスハークは拓深と目線を合わせるようしゃがんだが、離れた場所に置かれている水に濡れた塊を見つけると言葉を続ける前にニヤリと口元を歪めた。

「それより。あそこにあるのはお前の服だな?と、いう事は、その毛布の下はどうなっている?」

「・・・は、・・ん・・」

裸と言うべきか、何も着ていないと答えるべきか。

どうなっている、と問われただけではどのような返答をイスハークが求めているのか伝わらない。

迷いからただ無意味に唇を開閉させるばかりの拓深に、ニタニタと微笑を浮かべたイスハークは立ち上がると拓深の身体に巻きつけられた毛布を掴み一気に奪い取った。

「あ・・・」

「やはりな。良い格好じゃないか」

尻に敷き膝に挟み、複雑に身体へ絡めていたそれを無理やり引き抜かれれば、拓深は放り出されるようにイスハークの足元に転がる。

剥き身の身体が木製の床に触れればその冷たさに震えが走った。

唯でさえ寒いだろうに、己の体温が閉じ込められた温かい毛布から出たばかりとあれば尚更だ。

咄嗟に両腕で身体を抱きしめたが、その程度何の気休めにもならない。

「さむ・・・」

手のひらで肌を摩り俊敏には動けない身体をのそりと起こし、足の裏にも伝わる冷たさに耐えながら元の場所に戻り同じように蹲る。

拓深にとってはこのくらいなんて事の無い出来事であり、ただ大人しくし相手の反感を買って殴られないよう気をつけるだけ。

だがそんな拓深のささやかな努力がこの男に通じたかは疑問だ。

顔を上げる気力もなく首を竦めて寒さをしのごうとしている拓深に、イスハークはその前髪を鷲掴みにすると上を向かせると同時に無理やり引き上げ立たせた。

「ほう、良い趣味してるじゃないか。こんな場所にこんな物を付けるのは聖職者の純潔の意味だけだと思ってたが、お前のは違うのだろ?あいつらの聖具はこんなにも繊細ではなく見れば萎えるぐらいだが、これはむしろ美しくいやらしい」

シルバーカラーの装飾と、青紫に変色した痣で彩られている拓深の身体がイスハークの目の前に晒された。

毛布がその場に落とされるパサリとした音が聞こえたかと思うと、力なく垂れ下がる拓深の下腹部に何かが触れる。

上を向かせられている為それが何であるか確認は出来なかったけれど、きっとイスハークの指なのだろう。

指先の感覚から熱を感じる。

亀頭とその下の裏筋と睾丸、それから両胸にある装飾を一つづつ確認し、最後に胸のリングを軽く引っ張るとイスハークは両手を拓深から離した。

「お前の国ではこれは有り触れた物なのか?それとも何か特別な意味があるのか?」

急に身体を離されたものだから、拓深はバランスを崩し壁にぶつかる。

体勢は立て直したものの、立っていると足の裏が非常に冷たく痛くすらあったが、しゃがむ行為がイスハークの不興を買うのかも知れないと思えば拓深はそのまま首を縮めるだけでじっとした。

「有り触れては、ないと思う。意味も、ないよ」

有り触れた装飾でないからこその拓深の「付加価値」である。

少なくとも拓深は今まで自分以外でこのような物をつけている人を見た事はなく、意味に関しても在るといえば在るがもちろん宗教的や儀式的なそれではなく、純潔を表すどころかその逆の目的だ。

ボソボソと聞き取りづらく呟く拓深に、鋭い視線を降り注ぐイスハークは、視線と同じく鋭いそして真剣な口調になった。

「お前に聞きたいと思っていたのは、お前の国の話だ。それでお前が本当の気違いなのか、ただのホラ吹きなのか調べてやる。だがその前に、そんな格好でいられてはな。妙な病に掛かられても迷惑だし、第一、お前は女見たいな顔だからな。船員らが変な気おこしても迷惑だ。衣類を用意してやるから着ろ」

「・・・あ」

一方的にそれだけを言い、イスハークは踵を返した。

革の靴音を鳴らせ、開けっ放しであった扉から拓深を残し出て行く。

彼が出て行くと扉は閉められてしまい、廊下から入っていた明かりが遮断されるとまた元のように小さなランプだけの薄暗さに戻った。

寒さから張り詰める空気の一人きりになった小さな個室は薄暗く、まるで今までイスハークが居た事が幻想であったような錯覚に陥る。

「・・・さむい」

剥ぎ取られ落とされた毛布を拾うと、拓深は安易に身体へ巻きつけた。

先ほどのように厳重にそうしようとは到底思えず、ただ外気から肌を守ると壁に背を預けずるずるとしゃがんだ。

「うつくしい、だって」

少しの刺激で反応するように覚えこまされた拓深の中心は、イスハークの手の暖かさを知り一瞬だけ僅かに膨らみかけていた。

いやらしいや下品と言った類の言葉は何度も浴びせかけられていたが、美しいなどと言われたのは初めてである。

他に褒めるところなどない拓深に対する社交辞令かもしれないしお世辞かもしれない、と思いつつもどこか胸がぐずぐずとした。

すっかり忘れてしまっていたこのような場所に付けている装飾思い出さされると同時に外してしまおうと考えたが、けれどそれは暫く保留にしよう。

普通にしていれば痛い訳ではないし、と拓深は言い訳がましく内心呟いたのだった。