蒼穹を往く歌声     09



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背中が床に叩きつけられ痛みが走る。

中身の残っていたカップが手から離れ転がり、ゴトンという鈍い音がした。

「・・・あ」

イスハークに押し倒された拓深は、ぼんやりと彼を見上げる。

今から何が始まるのかは経験から察知出来、緊張と身体が覚えこんでいる恐怖に身が竦んだ。

「男は慣れてるんだろ?」

ただ身体に巻きつけていただけの毛布を簡単に奪い去られ、装飾と痣に彩られた全裸の身体がイスハークの眼下に晒された。

見られて恥ずかしいとは思わないし、見られただけでは興奮も覚えない。

ただ、冷たい床に寝かされ凍るように寒い。

「このいやらしい飾りは男を誘う為の物か?ならば、・・・この痣は加虐趣味の男からか」

ピアスが光る胸と下肢部、痣の残り変色する身体。

ニヤついたイスハークは拓深の胸に触れるとリング状のそれを軽く引いた。

そうされても痛みはなく、ただ肌を引かれる感覚を感じるだけだ。

「・・・そう」

拓深が身体を売っていたと知ったからか、身体の装飾や痣を見ただけで彼はその原因すらも当ててしまった。

それは、彼もまた同じ趣味を持っているからかも知れない。

「逃げないのだな」

逃げるという選択肢は、基本的に拓深の中にはない。

そんな事をしても直ぐに捕まえられ、そして逃げなかった時以上に痛めつけられるだけだと、本能のような深い部分で思い込んでいる。

ただじっとしているだけだった拓深は、けれど力なく垂れ下がるペニスをイスハークに触れられると───鼻から甘い息を吐き出した。

「ンッ・・・」

腰を自ら持ち上げ、イスハークの手の平にペニスを擦り付ける。

自然と視線は逸れ、唇は半開きとなってゆく。

一変した拓深の、まるでねだるような仕草にイスハークは笑みを消していた。

「拓深は抱かれるのが好きなのか?」

「抱かれるの・・・SEX、好き・・・すごく、好き」

反射的に答え、更に足を広げる。

陰毛さえそり落とされた下肢部では、イスハークの手の中でペニスが既に首を擡げていた。

言葉では何と言っても、性行為全般など全く持って好きではない。

拓深にとってそれは、ただ辛く苦しいものを耐えやり過ごす時間でしかないのだ。

触れられれば立ち上がる、刺激を与えられれば射精もするが、それは身体がそのように出来ているだけで、拓深が快感し望んだ事ではない。

それでも、嘘と演技を何重にも重ね合わせ大げさに喘いで見せる事こそが、拓深の一番の「仕事」なのだと理解している。

「痛くしてもいいよ?僕で気持ちよくなって?」

本当は嫌だと、痛くしないで欲しいと思えど、口から溢れるのは身に染み付いた商売台詞。

だというのに、覆いかぶさるイスハークの足に太ももを擦り付けていると、彼の面持ちがスッと冷めた物へと変化した。

「何の戯言を言っている?それとも、そんな事を言い俺を萎えさせたいのか?」

まるで甲板で尋問していた時のような鋭い声が、ペニスを立たせている拓深へ注がれる。

なんとも場違いなそれに、拓深は無い頭を必死に回転させたが事態が飲み込めない。

こんな事は初めてなのだ。

どんなに酷い扱いを受けていようとも、真っ向から萎えると言われた経験はない。

萎えさせ性行為を回避しようなど今まで考えた事も無く、彼の言葉は目から鱗である。

むしろ拓深の客はこれで興奮を覚えるのに、と考えれば、次の行動を選べずにただイスハークを見つめた。

「・・・萎える?」

「あぁ。そんな死んだ魚のような目で痛くしても良いと言われ誰が信じるというのだ。拓深に嗜虐の趣味はない、違うか?」

「・・・どうして?」

「嗜虐どころかSEXも好きではないのだろ?押し倒されても嬉しそうにしない奴が、何がSEXが好きだ。あれが嘘であるくらい、解らないわけがない」

「・・・」

イスハークの言葉は一つ一つ理に適っている。

けれど、今までは客も父も誰一人、そんな事を気にはしなかった。

まるで心の中を見透かされたような状態にうろたえる拓深に、イスハークは覆いかぶさったままフッと口元を緩めた。

ニヤついた笑みと似ているが、それよりもずっと獰猛な印象だ。

「今までの奴らはそれで満足させられたのかも知れないが、そんな物は俺には通用しない。萎えるつまらない演技などせず、そうだな、無理に奉仕をしようともするな。拓深はただ俺に身体を貸せ。解ったな」

そう断言的に言ったイスハークは拓深の返答など待つそぶりも見せず、その唇を唇で塞いだ。

「ン・・・」

演技をするなと言われた。

奉仕をするなただ身体を貸せ、とも言われたが、けれど長年染み込み過ぎた条件反射で拓深はキスに応えていた。

舌を忍ばせられれば絡めに行き、両腕を彼の首へと回す。

広げた足で腰を持ち上げればペニスをイスハークの下肢部へすり付ける。

いつも通りだ。

なんだかんだと言ったところで男は、イスハークもこれが良いのではないのかと思っていた時───唇を触れ合わせながらイスハークが唸るように囁いた。

「そろそろ満足か?捕虜のくせに俺の命令に従わないとは良い度胸だ。後悔するなよ?」

「え・・・っン・・・ぁ・・」

何がだと、聞き返させてはくれなかった。

イスハークの首に回していた両腕を引き剥がされ、頭上で一つに纏めると床の上に押さえつけられる。

そして、噛み付くようなキスを施されたかと思うと、拓深が舌を動かす隙を与えずイスハークのそれに絡めとられていた。

荒々しい口付けだ。

息苦しいし、唾液を飲み込む隙もない。

「ふっ・・・ン・・ぁ・・ぁ」

けれどそれと同時に感じた事のない痺れが背中を走った。

こんなキスは初めてだ。

苦しいだけのキスは慣れているというのに、イスハークのそれは今まで知っていたそのどれとも違う。

ただ流されるしか術を見出せないまま、拓深は演技ではない嬌声を漏らしたのだった。