蒼穹を往く歌声     12



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あれからどれ程眠ってしまっていたのか、次に拓深が目を覚ました時には見慣れない、暖かく明るく綺麗な部屋のベッドに横たわっていた。

それだけではなく、全裸の肌は性で汚していたはずだというのに、今の拓深は汚れも清められ清潔感のある衣類を身に纏っている。

ボンヤリと上手く動かない頭で部屋を見渡して見ると、拓深が放り込まれた小部屋とはまるで違い、そこは木製は木製でも丁寧に磨き込まれたそれで、壁や床も上等なのだろう。

机などの家具に至っては、上品な光沢を見せているだけではなく金の金具が取り付けられており、高級感と重厚感を伝えた。

とはいえ、拓深が高級感や上品さを理解したのかといえばそうではなく、ただ見慣れない綺麗な空間だなと感じていた。

ここは何処なのだろう。

まだ船の中なのかそうでないのかも解らない。

身体を起こした拓深がベッドから降りようと足を下ろしたその時、タイミングを見張られていたかのように部屋にノック音が響いた。

「・・・起きていらっしゃいましたか」

「・・・」

拓深を見て柔らかく微笑んだ入室者は、イスハークではなかった。

彼は、イスハークが初めて姿を現した際にその隣に居た、濃い紫の髪が肩より長く伸ばされた男。

イスハークが男らしい美麗さだとするならば、彼はどこからどうみても男であるものの女性的な雰囲気も持つ美人であった。

女装すれば良い線までいきそうな部類、とでも言えば良いだろうか。

白いシャツを上まで止め胸元に飾りを付けたその男は、拓深の前まで来ると会釈を寄越した。

「体調は如何ですか?食事や飲み物がご必要でしたらなんなりとおっしゃってください」

男は手にしていた小さなガラス製のベルをサイドチェストに置くともう一度礼をし、そしてそれだけで踵を返そうとした。

もう行ってしまうのか。

それに気がつくと、拓深は咄嗟に立ち上がった。

「・・・。拓深様、何か?」

「・・・あ、えっと・・・」

何、と言われてもすぐには言葉が出てはこなかったが、疑問なら沢山抱えているし、このまままた一人きりにされたくはないと感じてしまったのだ。

拓深に向き直り、急かす事もなくただ待ってくれる男を眺め、拓深はボソボソと口にした。

「・・・あなた、だれ?」

「申し遅れました、私はこの船の副船長を勤めさせて頂いております、ガノンと申します」

ガノンと名乗ったその男は、丁寧な口調で言った。

よもや海賊などという物騒で下卑た印象など微塵もない男であったが、視線を落とした先、彼の腰には細身の剣が刺さっていた。

「がのん・・・。イスハークは?」

「船長は砲撃手に話があるとかで弾薬庫に向かわれました。私はこれから船長の元へ拓深様がお目覚めになられたと報告に向かいますが、何かお伝えする事でもございますか?」

「・・・ない、と思う。けど、その、なんで?」

「・・・申し訳ございません。何故、とはどちらに対してでしょうか?」

あくまで丁寧に恭しく。

生まれてこの方そのような扱いを受けた経験が微かもない拓深は、彼の言動・動作一つ一つが異様なもののようにも感じられた。

「様」などと敬称をつけられ呼ばれているなど、自分の名前がまるで自分を示してはいないようだ。

「なんで、そんな風に僕にしてくれるの?」

こんな、ゴミのようにしか扱われて来なかった自分を。

海の上で意識を取り戻してから不思議な事は多々あったけれど、その中でも上位クラスでガノンのそれの理解が出来ない。

ならばいっそ彼は嘲りの意味を込めていたのかもしれない、などと考えていると、ガノンこそ不思議そうな表情を浮かべおりそしてそれを笑みに戻した。

「船長は船員全員に、拓深様は己の所有物であると通達なさいました。船の掟として船員達は、船長の所有物・特に私物は紙切れ一枚であっても大事に扱う事とされております。ですので、船長が所有と公言なさった拓深様には出来うる限り献身する所存でございます」

「・・・僕が、イスハークの、もの?」

霞み行く眠りにつく前の記憶。

確かにイスハークは拓深を『俺専用だ』とは言った。

だがそれはだたイスハークとだけSEXをするという意味で、ようは店に居た時と同じ。

当然扱いも同じくになると考えていたというのに、イスハークはそうではなかったようだ。

おろおろと視線を彷徨わせる拓深に、ガノンはしっとりと続けた。

「はい、船長は元がどのような身分であっても、奴隷とみなした者を『所有物』などとは仰いませんし、ましてや自室に招かれる事もありません。ここへ入室を許されているのは、私を含め数名のみです。ですから、拓深様は少なからず特別な───」

「ガノン、適当な事を言うな」

扉が開いたと同時にガノンの言葉が遮られたかと思うと、不機嫌そうに眉を寄せるイスハークが部屋へと入って来た。

今の彼は小部屋で見たのと同じような白いシャツを纏っていたが、フロントのボタンは留められておらず肩から腹にかけ刺青が見えていた。

「拓深を俺の手元に置いているのは、万が一飢えた馬鹿共に食われたらたまらないからだ。そろそろ航海も長くなって来て、女が恋しいだろうからな」

ぶっきらぼうに言い、拓深の前で立ち止まる。

ガノンと並んだイスハークは、彼よりも長身であると知れた。

見上げたその瞳は灰色で、三白眼気味なのが恐ろしくも感じたがそれ以上に綺麗だとも感じた。

「いずれ所有の証でも肌に刻んでやる。安心しろ、うちは彫師と船医が兼任だからな、安全は保障するぞ。それより、逃げようなどと考えない事だな。もっとも、今のところ肉眼で見える場所には島はないがな」

「・・・。にげないよ。僕は、嫌じゃない。・・・平気だし、それに、ここ暖かい、から」

食事を与えてくれた。

衣類も与えられベッドにまで寝かしてくれた。

ガノンには過剰過ぎるまでに丁寧に接しられ、そして何よりもイスハークは優しく性交をしてくれたというのに、何処に逃げようと思う要因があるというのか。

そう感じたのは、自分がイスハークの所有物となったらしいと聞かされた前も後も変わらない。

「暖かいから、だと?つくづく拓深は奇妙な事を言う」

寒く冷たいのは辛く嫌なので、暖かいという事は重要だ。

だというのに拓深の理屈など解らないのか、イスハークは喉の奥で笑った。

「そういえば、まだ拓深には拓深が居た場所の話を聞いていなかったな。今から聞かせてもらおうか」

「・・・あ、うん」

「船長、お飲み物は?」

「あぁ。暫くは時間も取れそうだ、持ってきてくれ」

イスハークがデスクのイスを引きそこへ腰を下ろすと、立ったままであった拓深も元のようにベッドへ腰掛ける。

ガノンが部屋を出扉を閉めたのを合図に、イスハークは質問を始めたのだった。