蒼穹を往く歌声     22



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ただじっとイスハークの腕の中に納まるしかなかった拓深に、彼はどこか感慨深げに続けた。

「本来なら己で伝えるべきだったのかもしれないが、たとえ俺が拓深に想いを告げたとしても、拓深は容易にそれを信じはしないだろう?それならば拓深自身で気がつくか、今回のように誰かから聞かされる方が納得するのではないかと待っていた」

「・・・。ほんと、なの?」

「あぁ。俺は拓深には嘘を吐かない」

イスハークの胸から身体を少し反らし拓深は彼を見上げた。

銀の髪と灰色の瞳が月光を思わせ凛として綺麗である。

彼の指摘は的を獲ており、確かにイスハーク自身の口から好きだの惚れているだのと聞かされても全く信じなかっただろう。

ある筈がない、睦言の一つ、きっとそんな風にしか受け取らない筈だ。

そしてこちらも彼の予測通り、第三者であるジーノからも教えてもらった今は、「二人がそう言うのだからきっとそうなのだろう」と思えていた。

イスハークが己に「惚れている」と心で感じているか、と言われれば否だ。

伝わっていないというよりも「解らない」というのが正しく、けれど頭では言葉として理解している、それが今の拓深である。

「・・・。そっか」

わかった、と拓深は頷く。

とりあえずイスハークの言葉は理解したぞ、と伝え、その会話はこれで終わりだと瞼を閉じようとした時。

それを許さずイスハークは拓深の肩を揺すった。

「それで?俺の想いを聞き拓深は何を感じる?」

「・・え」

「拓深は俺をどう感じているんだ?」

まるで尋問をするような威圧的な口調のイスハークは、感情の読めない面持ちを湛えていた。

真剣なような、怒ってすらいるような。

そんなイスハークを前に、けれど拓深は唇を半端に開けるだけであった。

ジーノからイスハークが自分に「惚れている」らしいという事を聞かされ、それについては解らないなりに考えていた。

だが、もしもそれが本当であった場合どうするべきかなど、今の今まで考えようともしなかったのである。

「僕?」

「あぁ。俺が嫌いか?」

「嫌い、じゃない。・・・でも、好きかは解らない。「好き」がよくわからないから」

嫌い、は知っている。

辛い事や痛い事や、欲しくないと思う感情はそうなのだと考えている。

だが、逆に何かを強く欲した事が極めて少なく、そして欲を持たせて貰えない環境に長い間居過ぎた為、「好き」は身近ではなかった。

加えて、多くの人が当たり前のように注がれるであろう両親からの愛情というものも、拓深にとっては心当たりのないものだ。

それでも、ここに来てからは拓深にも多くの選択肢が与えられ、好ましい物と好ましくない物とは自然と出来てきた。

シェリー酒も、ジャーキーも美味しい。

だから、たぶん好き。

でも醗酵し過ぎた臭いのきついチーズは嫌い。

イスハークもジーノも、嫌いではなく好ましいとは思う。

だが、それ以上は一人で考えても答えを出せそうにない。

「・・・。わからなくて、ごめん」

答えを出せない自分が申し訳なくて、拓深はイスハークをジッと見つめたまま眉を下げた。

煮え切らない拓深に、イスハークの鋭い程の光を湛えていた瞳がもっと研ぎ澄まされるのではないか、そう考えていた時。

けれど彼は、拓深の予想を裏切りクッと口元を緩めてみせた。

嘲っているそれではなく、強者の余裕のように思える。

その表情はとても自信に満ちており、高慢さを感じながらも拓深は惹きつけられていた。

「そうか、ならば教えてやろう。拓深は俺に惚れている───好きなんだ」

「え・・。・・・そうなの?」

「あぁ。言っただろ、拓深は俺の物だと。身も心も全身の全てがな」

自分は、イスハークが好き。

それは、不思議とすっと胸の中に落ちていく。

イスハークが拓深に惚れている、と聞かされた時よりも驚きはなくて、妙な納得が得られた。

思いつく限りのイスハークの多くを好ましく感じ、同じ「好ましく感じる」でもジーノやガノンとは明らかに違う。

人と関わる事は恐怖と緊張の連続であった拓深が、イスハークの腕の中で安堵感と安らぎを感じている。

イスハークが惚れてくれている、というのはまだよく解らない。

けれど、きっとこれが「人を好きだと感じる」という感覚なのだろうと理解出来、拓深は深くゆっくりと頷いてみせた。

「そうかも、しれない」

頷きから顔を上げると、イスハークの指が拓深の唇をなぞった。

柔らかいそこを押され、そしてそっと唇が重ねられる。

何度も交し合った口付けの中でも一際優しいキス。

この日から二人の関係は「恋人同士」と名を変えたのだと、バリアーカ・クイーン中に広められたのだった。