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蒼穹を往く歌声 24 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 港にタラップが下ろされる。 あり合わせながらに身なりを整えた拓深は、そろそろと船から降りた。 イスハークはもちろん、船員の誰もが拓深よりも体格が良い為身体にあった服はなかったものの、それでも元の世界で着ていた拠れくたびれた物よりは何倍もマシだ。 船の中でもだましだましに服を着ていたが、今は白いシャツはデザイン的に袖を捲り、ウエストを派手なスカーフで縛ればりそこそこ見れた格好になっている。 靴も船の中で履いていた物よりもずっとしっかりした物を与えてもらい、履き慣れないそれが少しだけ居心地悪い。 同じくシンプルな白いシャツと初めて会った時に羽織っていた真紅のコートに袖を通したイスハークの影に隠れ、拓深は初めて見る町並みに息を呑んだ。 ゆるやかに続く石畳。 白や白茶の壁と茶色の屋根。 壁と違う色の木枠が嵌った窓には花や緑が飾られている。 街は坂になっているのか遠くにある建物の屋根も見えたが、どれも低層のようで空を隠す事はない。 愛らしい印象の町並みと澄み切った青い空のコントラストがなんとも言えず美しかった。 「わぁ・・・」 何処を見ても、見渡す限り彩り溢れ明るい印象しか伝えてこないここは、拓深の知っている狭い世界の風景とは全く異なっている。 歩き出す事すら躊躇してしまう拓深に、イスハークはそっと腰に手を回し支えた。 「俺から離れるなよ。ここはあぁ見えて、治安が良い訳じゃない」 「・・え、そうなの?」 「あぁ。港だからな。何処から来たとも知れぬ奴もうろついている。その中には犯罪者まがいの者もいるだろう。ま、俺が言うのもなんだがな」 見上げる拓深に、イスハークはニッと笑って見せた。 隣に立つイスハークは荒ぶれた様子も伺えず、いっそ貴族めいた端麗さがあれど、だが彼は海賊船バリアーカ・クイーンの船長であり、海賊なのだ。 この世界でも海賊行為が違法であるというのは、船員達の話でそれとなく知れた。 けれど、拓深から見てイスハークは犯罪者になど到底思えず、そう言われてもしっくり納得が出来ない。 イスハークよりも恐ろしい人間を拓深はいくらでも知っている。 「わかった。イスハークの傍にいる」 そもそも、治安がどうあれ知らない場所を一人で歩くのは怖い。 元居た世界ですら勉学がなっておらず薄知であったが、ここの世界では余計に字も読めなければ右も左も常識がわからない。 加えて、知らない場所を歩く、という自体経験が未知だ。 「良い返事だ。まずは拓深をどうにかしないとな」 「僕?」 「あぁ。せっかく可愛いんだ。もっと綺麗にしろ」 「可愛くないし、どうにもならないよ」 「なる。いくぞ」 石畳へ大きく一歩踏み出したイスハークは、腰から腕を離すと拓深の手を取った。 手のひらを掴まれ、指を絡められる。 大きくガッシリとした印象のあるイスハークの手が、細く骨と皮しかないような拓深の手を包み込んだ。 「・・・ぁ」 掴まれるのではなく、握り合う。 これもまた、イスハークに与えられた多くの初めての経験の一つとなった。 手のひらだけが触れ合っている筈だというのに、何故か胸や頬までも熱くなってしまう。 それは首から下げるタリスが特別な熱を伝えて来たのかとも思ったけれど、他の場所は特別な変化がないので不思議だ。 「拓深、早くしろ」 「あ、うん」 イスハークに腕を引かれ、拓深は早足に彼の隣に並んだ。 並んでみるとイスハークは歩調を落とし拓深に合わせてくれ、周囲をキョロキョロと伺いながらでも危なげなく歩く事が出来た。 「珍しいか?拓深が居た場所とはそんなにも違うのか?」 「うん、全然違う」 朝夕問わずどこかどんよりと陰気くさい路地裏。 錆びつき朽ちる直前のような建物。 コンクリートの電柱がこれでもかと突き刺さり、見上げた空は灰色の電線が張り巡らされている。 どこまで行ってもそんな風景が続いているとしか思えなかった細いアファルト。 今まであまり考えもしなかったけれど、改めて以前を思い返すともう二度と帰りたくないと強く感じる。 痛いのも寒いのも嫌で、それ以上に今手にしている温もりを離したくなどない。 「ここの方がずっと綺麗」 握られていた指に少し力を加えてみる。 イスハークの手のひらの感覚を知ると、握られたと解ったらしい彼はフッと笑って見せた。 「そうか。・・・あそこで良いな」 きっと車道ならば二車線もないだろう幅の道をしばらく歩き、緩やかなカーブも合混じり元居た港が見えなくなった頃、イスハークは前方に見える建物を見て呟いた。 建物の造り自体は周囲に並んだ物と大差がないように思えたが、壁からは鉄の棒がせり出し板がぶら下がっており、どうやら商店のようだと伺える。 「なに?」 「言っただろ、拓深を綺麗にしてやるんだ」 白い木枠に擦りガラスのはめ込まれた扉をカウベルを鳴らしながら開けるとイスハークは拓深を中へ促す。 促されるままに踏み込んだ店内。 拓深の背中で、イスハークが扉を閉める音を聞いたのだった。 |
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