蒼穹を往く歌声     25



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

港に着いた頃は高かった日もすっかりと沈みきり、宵闇の中拓深はそわそわとしながらイスハークと歩いていた。

すれ違う人が自分を見ているような気がする。

慣れない格好はただそれだけで落ち着かない。

無意識の内にイスハークの背後に隠れようとする拓深を、けれどイスハークは笑みを浮かべながら許してはくれず強引に腰を抱かれては隣に並ばされた。

「下を向くな拓深。せっかくの可愛い顔がもったいない」

「・・・でも」

イスハークは上機嫌で、そして今日はやたらと拓深を「可愛い」と言う。

それというのも、陸に上がりイスハークに一番に連れて行かれた店が要因しているだろう。

緩やかな坂を上がった途中にあった白い木枠の店で拓深は、事前にイスハークが言っていた通り「綺麗に」させられる事となったのである。

そこは美容室とエステが合体したような店で、イスハークが店員に「拓深を頼む」というなり、拓深本人の意思など関係なく裸に剥かれた。

伸びれば自分で適当に鋏で切っていた髪は、生まれて初めてプロの手により整えられ、幾分頭が軽くなった気がする。

勤めていた風俗店のシャワーで仕事の為に入るのが今までの拓深にとっての入浴であったが、中年の女性二人掛かりで肌を柔らかいスポンジでけれど徹底的に磨き上げられた。

ふと見れば肌だけではなく爪の先まで光輝いているようで驚くばかり。

擦ったり塗りたくったりお湯で流されたり、それだけでも十分クタクタになったけれど、訳もわからないままその店でのフルコースを終えた拓深は休む間もなく次へと連れて行かれた。

ブティック、シューズショップ、何処がどう違うのかも見分けがつかないような店を何店か回り、言われるがままに試着してはイスハークの気が向くままに服やら靴やらを買い与えて貰った。

そんな物は必要ない、と言っても、金を出すのはイスハークであり拓深に拒否権などはない。

そうして、日が暮れるまでショッピングをした結果の一部を身に纏った拓深が、今イスハークに腰を抱かれているのである。

身体に合った薄水色のブラウスはたっぷりと生地が使われ長めの裾はヒラヒラとしている。

袖も腕の太さの何倍も多い布幅で、それを袖口のリボンで縛っているデザインだ。

胸元はシンプルで、イスハークはタイかペンダントかを買い与えたがっていたけれど、唯一それだけは拓深はいらないと言い張る事が許された。

胸に装飾は必要ない。

イスハークに貰った真紅のタリスが十分にその役割を果たしてくれているのだから他の物はいらないのだ。

ズボンは黒で太もも回りに余裕があるスタイルではあったけれど、元々ガリガリの拓深にはむしろ綺麗な足を演出してくれていた。

靴も軽くて履き心地のよいこげ茶のブーツを買ってもらい、物の価値やこの世界の貨幣の価値は未だ未知数であるが、それでも「0」が沢山ついているというくらいでは理解出来る。

加えて、どれもこれも着心地がとても良いので、きっと上等の物なのだろう。

それをイスハークは躊躇う事無く買いまくっていたので、見ている拓深の方が怖くなる。

バリアーカ・クイーンが海賊行為をしている場面を拓深はまだ知らず、数日何もしなくても大丈夫な程海賊とは儲かるものなのだろうか。

だがそれと同時に胸が熱くなったというのも隠せない事実だ。

拓深は、誰かに喜ばしいプレゼントを貰った記憶が無い。

ゴミに近いものや体罰を「プレゼント」という名に乗せて贈られた事は数え切れない程あるが、拓深の為を考えてのそれはこの胸に下がるタリスが初めてで、当然こうして目の前で買って貰うなど未経験である。

多くの金を使わせた事については申し訳なさしかなかったけれど、それとは別の感覚として、イスハークが自分の為にと選んでくれるというのがなんとも言えない幸福感だ。

慣れない装いに身を包み、ぎこちない口調で礼を言った拓深に、イスハークは「対価だ」と冗談めかして言うと唇を奪った。

この身は既に彼のモノなのだからそんな行為が「対価」になどなる筈もないのに、と深い口付けを施されながら拓深はぼんやりと考え過ぎる。

そうして街灯のランプに照らされた車道にはなりえないだろう細さの道を人目を痛く感じながら歩き、目的の店に到着したらしいイスハークは木製の扉を押し開けた。

そこは今までこの街に着いてから訪れた店の何処とも違った雰囲気で、なんとなくファッション関係ではないのだろうと思う。

店内からはワイワイガヤガヤと音がし、中に入れば一目瞭然。

そこは所謂酒場であった。

入り口から見て左右に横長の造りで、正面に長いカウンターバー。

店内には所狭しとテーブルと椅子が雑然と並べられ、沢山の男と、そしてその半数以下の美女が皆好き勝手に飲食い歌いをしている。

「船長、おつかれさまっす」

「船長」

騒音の中カウベルの音など店内に響き渡る事はなく、イスハークの来店に気がついたのは目で見た数名だけだ。

だがその数名がイスハークに礼をすると、その隣またその隣と気がついていったようで、次々と歌が止み挨拶が寄越される。

そしてそれと同時に、イスハークの隣の存在、拓深にも目が向けられた。

街で感じた痛い視線。

それが何倍も強くなったものを集中的に浴びせられる感覚だ。

拓深、というよりも拓深の変化に気がついたらしい男達が歌や楽器の楽しげな雰囲気とは違うがやつきを見せ、それをどう受け止めたのかイスハークはニッと笑い片手を挙げた。

「皆が拓深を見てる」

「やっぱり、なんか、変?」

「そうじゃない。綺麗になったからだ」

「綺麗にはしてもらったけど、それだけだし」

身体の隅々まで磨き上げられたのだ。

風呂に入っていなかった訳ではないが、日常的なそれとは比べ物にならない程に汚れが落とされ綺麗になっているとは思う。

そのうえ新しい衣類なども与えてもらったので、以前のブカブカな装いに比べて良くなっていて当然だが、それが視線を集めるまでになるとは考えがたい。

妙だと眉を寄せる拓深の腰を殊更引き寄せたイスハークは、僅かに音量が下がっていた音楽が再び大きくなるのを気にする事なく店の奥へと進んだのだった。