蒼穹を往く歌声     26



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店の賑わいの中に見知った顔を何人か見つけた。

会話らしい会話を交わした事はないが船の甲板や食堂で見かけた男達で、叫んでいるのか歌っているのか判断がつかない一陣にジーノの姿もある。

各々が酒瓶や食い物を手にし、または美姫の腰を抱いていた。

「イスハーク、ここ何?」

「バリアーカの宴会になっているな。俺達は海賊だから陸に上がった時は暴れないようにだけ言い聞かせて、後はそれぞれ好き勝手させているんだが、そうは言っても一箇所に集まってしまうものでな」

「このお店、貸切?」

「いや。他の客が入ってこないだけだ」

パッと見渡した限り知った顔でなくてもどこか荒くれた印象の男しか店内には居らず、結果的には貸切という事だ。

イスハーク達の知名度や凶悪さは知らないが、やはり海賊などという恐ろしげな看板を掲げている者達とはご一緒したくないと考えるものらしい。

興味深げに辺りを見渡していた拓深はただ腕を引かれるままにイスハークについて進んでいた。

船の中でも宴会が行われていたのは知っているが、拓深は真っ当に参加した事はない。

宴会が開かれるのはだいたいが夜。

その時間帯は大抵イスハークと船長室に篭っているから、というのが一つと、そうでなくてもイスハークは拓深が船員と仲良くするのに良い顔をしないから、というのがもう一つの理由だ。

今も、あの輪の中に入りたいのか、と問われれば答えに困ったが、見ていたいとはなんとなく思う。

軽快な音楽と歌声、楽しげな雰囲気に目を奪われていると、ふいにイスハークが立ち止ったので彼にぶつかりそうになりながら拓深も足を止めた。

急にどうしたのかと思いイスハークを見上げたが、互いに何を言うより早くその原因が声を上げた。

「船長ぉーお久しぶりですぅー」

「戻って来て下さるの、ずうっと、待ってたんですよぉ?」

「今度はいつまで居て下さるんですかぁ?」

呆然とする拓深をよそに、わっと沸いて出た見るからに若い女が数人、イスハークを囲んでは肌に触れまとわり付く。

イスハークの片手の先が拓深と繋がっている事を気にもしない彼女らは、イスハークの両腕を絡み取っては身体を密着させ胸や腰やを押し当てている。

このままでは腕を挟まれているイスハークが辛いだろうと手を離そうとしたけれど、イスハークはそれを許してはくれなかったので拓深は繋いだまま居る事にした。

彼女らは一様に、金やピンクや明るい髪色に宝石を散りばめ、ヒラヒラしている割に肌は隠せていない露出度の極端に高い格好だ。

下着ではないかと思える装いの彼女らに拓深は動揺を隠せないでいた。

それというのも、拓深は今までの人生において、女性との接点がほぼなかったからだ。

唯一拓深が知っている女性というのは、元の世界の煙草屋の看板が下がる商店の高齢の店主くらいである。

物心つく前に母親は居なくなっており、「母親」という存在自体よく解らない。

一緒に暮らしていたのは父親だけであるし、客も店のスタッフも全員男。

女性というのは、彼らの口から聞かされる、「拓深より良い身体を持つ存在」という認識であった。

所詮自分は女性の代用品、そう擦り込みがされている。

その為、初めて見た若い女性、それもこんなにも間近に居るとなると畏怖ばかりを感じていた。

二人の間に女が割って入っている為イスハークの表情も確認できず、ただ緊張に身を強張らせていると、更に追い討ちを掛けるよう甘ったるい囀りとは違う声が掛けられた。

「お退き。あんた達のような赤ん坊をイスハーク様はお相手になさらないよ」

落ち着いたハスキーボイス。

若い女らの隙間から見えたのは、真っ赤なドレスそして真っ赤なルージュ。

今までの彼女達とは明らかに異なった雰囲気を纏うその女性に、何とも言えない興味を引かれ拓深はよく見ようと身体を捩った。

「・・・ぁ」

稲穂のようなブロンドヘアは片側に纏められ大きく巻かれており、真っ赤なドレスの胸元は大きく開けられ、露出された豊満な谷間を彩るのは大きなジュエリーである。

踝まであるロングドレスは、けれど腰から大胆にスリットが入り美脚を見せ付けていた。

高いこれまた真っ赤なヒールを履いている事もあり、現在の目線は拓深よりも高いと思われる。

どこをとっても存在感のある女性だ。

女性というモノを多く知らない為比べようもなかったが、赤いドレスの女性は美人の部類に入るのだろうと感じた。

少なくとも、今日何度もイスハークが「可愛い」と言っていた自分などよりも何倍も見ていて喜ばしいのではないかと思う。

畏怖や緊張を感じる事すらない、遠い存在のようにぼんやりと赤いドレスを眺めていると、彼女は若い女らを押し退けイスハークの腰に腕を回した。

「イスハーク様、いつナジャーヌにお戻りになられるのかと待ちわびておりましたわ」

「イザベラ」

低いイスハークの声が唸る。

そこからは何の感情を読み取る事が出来ない。

だが笑い女らが寄って来ても唇を開かなかった彼が始めて名を呼んだ事を考えると、この赤いドレスの女性・イザベラは特別なのだろう。

海賊は各地を回る為それぞれの地に彼女や目当ての女が居る、と以前ジーノが言っていたが、この地でのイスハークのそれがイザベラなのかも知れない。

若い女達はブツブツと口の中で不満を唱えてもイザベラに食って掛かる者は居なかった。

「ナジャーヌにはいつまで?その間はいつものように私の元へ来てくださるのでしょ?」

「・・・。退け」

短く言い捨て、イスハークは拓深の腕を強く引いた。

「ぁ・・・」

突然の事にバランスを崩したが、タイミングよく離れて行った若い女性のおかげで躓くだけで難を逃れられた。

「・・・イスハーク」

「拓深、行くぞ」

それまで気がつかれていなかったのか、あえて無視をされていたのか、イスハークに腰を抱かれる拓深へイザベラを含めた女性らの視線が集まる。

恐ろしいというよりも痛い。

そこにどんな感情が宿られているのかも検討がつかない拓深は、女性らを払いのけるイスハークに強引に腰を抱かれたまま、酒場の隅にあるむき出しの階段を上らされたのだった。