蒼穹を往く歌声     27



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むき出しの階段を上りきり、ロフトのように一階が見下ろせるタイプの廊下を進む。

振り返り下を見れば先ほどと同じ場所でイザベラ達がこちらを見上げていた。

距離がある為その表情までは解らなかったが、余程イスハークの事が気になるのだろう。

周囲にはバリアーカの船員達が幹部も含め大勢居るというのに、まるで目に入っていないようだ。

後を気にしてばかりいるとイスハークに強く腕を引かれた。

前を向いていないと転倒してしまうと言われているのかと解釈した拓深は、振り返る事を止め彼の背中に距離を詰める。

廊下の突き当たり、角部屋となっている部屋まで来るとイスハークは躊躇無くその扉を開いた。

「ここが宿だ。入れ」

「あ、うん」

重そうな扉をイスハークが支えてくれている間に部屋へ入ると、そこは豪華に整えられた客室だ。

下の酒場のチープさとはまるで違う様子に拓深は扉を潜ったところで立ち止まると部屋を見渡した。

イスハークの船長室もさぞ綺麗な部屋だと思っていたが、ここはまた違った趣で優美であった。

家具やシーツ・カーテンの趣味が違うというのも要因であるが、しかし一番の違いは大きく壁にはめ込まれた窓、そしてそこから見える風景である。

船長室の壁には窓がない。

あるのは天井の天窓だけで、ベッドに横たわりそこから見上げる星空も拓深は好きだ。

「わぁ・・・」

ドサリとベッドへ腰掛けるイスハークを他所に、拓深はそろそろと窓に近寄ると淵に手を掛け外を見渡した。

町全体が坂になっている為、二階からであっても町を見渡せる。

暗がりの中に浮き上がる街灯が、なんとも言えず美しい。

それまでの拓深には風景を眺めるという事をした経験がなかったし、加えて夜も知らなかった。

夜は大抵、店の窓のないプレイルームの中に閉じ込められているから。

それうえ、平坦な場所に立ち並ぶ自宅からでは何も見えない。

だが今眼下に広がっているのはポツポツと小さく灯る明かり、そしてその向こうの大きな海原。

海と空の境が解らないまま続いている夜空には月と星。

街灯と月と星が混ざり合っているような錯覚に陥り、吸い込まれそうにすらなった。

「・・・。なんだ、拓深。そんなモノが良いのか?」

「・・うん。綺麗」

「窓を開けろ。そうすればもっとよくみえる」

言いながら、拓深の背後に寄ったイスハークが窓を開けてくれる。

差し込む夜の外気が冷たかったけれど、肩に触れたイスハークの温もりが暖かくて気にならなかった。

薄いガラス一枚無くなっただけで拓けた視界は、街灯や星の輝きをより一層鮮明に伝えてくれる。

息を呑む程のその美しさに胸を詰めながら、窓を開けてくれたイスハークに礼を言おうと振り返った拓深は、そこに居た彼に声を漏らした


「ありがと・・・ぁ」

「どうした?」

振り返った先の彼は、真紅のコートを脱ぎ白いシャツも肌蹴させ、いかにも寛ぎモードといった装いである。

彼のトライバル模様の刺青を目にし、拓深は不思議そうにイスハークを見上げた。

「なんだ、拓深」

「イスハーク、出かけるんじゃないの?」

「・・何の話だ?俺がいつ出かけるなどと言った?」

「言ってはない・・かも知れないけど」

けれど出かけるものだとばかり思い込んでしまっていた。

ありありといぶかしんでいると表情に出ているイスハークに、拓深はさも当然だとばかりに口を開く。

「女の人のとこ、行くんだと思ってた。・・・えっと、イザベラさん?」

もしくは他の女性の元へ。

あの中ではイザベラがさもイスハークの特別のような口ぶりであったが違ったのだろうか、と考えている拓深に、眉間の皺を更に深くしたイスハークは数秒の間を置き盛大なため息を吐いてみせた。

「・・・、嫉妬による嫌味なのかと期待してみたが、どうやらそうではないらしい」

「・・・へ。嫌味とか、言わないけど」

「だろうな。ならば本心だとでも言うのか?」

「え・・うん」

何故イスハークに嫌味を言わなければならないのか。

そして何故真実を言っていると確認をされなければならないのか。

疑問ばかりが頭に過ぎる中頷くと、イスハークは苛立ったように強引に拓深の腰を抱き寄せた。

「・・・イスハーク?」

「何故俺が女の元へ行くなどと思うのだ」

「え・・だって、僕は女の人じゃないし」

「そんな事は解っている。何度俺がこの手で確かめたと思っている」

「だから、えっと・・・陸には女の人が居るから、イスハークも女の人とエッチしたいんじゃないかと思って。それに誘われていたし」

船の上には女性が居ない。

だからこそイスハークは自分を抱くのであって、陸に上がり男も女も沢山おり、そしてあんなにも美しいイザベラが待っているというのだから、当然行くのだとばかり思っていた。

それは嫌味でも何でもない、拓深の素直な本心だ。

怒気を見せるイスハークに拓深はきょとんとし、ちぐはぐな二人が見つめ合う。

「俺は拓深を惚れていると言わなかったか?」

「聞いたけど、でも・・」

「俺は拓深以外の何者も必要はい。女だろうが男だろうが、拓深以外と過ごそうとは考えないし、ましてや拓深以外を抱きたい筈もない」

「え・・・」

はっきりとした言葉で、イスハークは言い切る。

拓深以外を抱きたいと思わない───その言葉を耳に驚きを隠せない拓深に、イスハークも驚く。

今度は同じ表情で見つめ合う事となったが、互いの心情はちぐはぐなままである。

「何故驚くんだ」

「だって・・・」

自分は、女性の代わりだから。

女性が手に入らなかったり、高価であったりする故の代用品。

大もなく小もなく、それこそが真実だと考えていた。

愛しているからSEXをするという考えが拓深にはなく、そもそもイスハークに「惚れている」と言われている自体胸にしっくりと収まっては居ないままだ。

故に出してしまった憶測であったが、苛立つイスハークに拓深は首を下げた。

「・・・ごめん。ありがと」

「謝罪と礼を一緒に言うとは。何が言いたいのか俺には解らない」

「えっと。僕が、良いって、言ってくれて」

「当たり前だろう。俺は拓深を──、こういう言い方をすればより伝わるだろうか。俺は拓深を愛しているんだ」

強く強引であったイスハークの腕に優しさが灯る。

もう一方の腕で背中を支えられ、そしてイスハークは拓深の唇を奪った。

ただ唇同士の口付け。

唇を啄ばまれ、柔く押し付けられる。

その肉の感触が気持ちよくて、拓深は瞼を緩く閉ざすとイスハークの腰に両腕を回した。

惚れているも、愛しているも、同じようにどちらもよくは解らない。

けれど、イスハークが女性ではなく自分を選んでくれた事が嬉しいというのは解るし、この口付けが心地よいのも解る。

唇が僅かに離されると、まどろむ拓深にイスハークは言った。

「陸に女が居るというなら、拓深も女を抱きたいのか?」

「僕は・・・イスハークだけで良い」

「そうか」

女の人なんて喋った事もないし、身体から飛び出した胸が怖い。

それに、女性だからと言って酷い扱いをされないかという保障もない。

そして、男も女も、もうイスハーク以外の人に抱かれる自分など想像出来ずに居る。

薄っすらと目を明けた拓深の返答に満足げな色を瞳に湛えたイスハークは、再び唇を重ねると深くキスを施されたのであった。