蒼穹を往く歌声     28



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陸に上がっても、拓深の生活は大して代わり映えしなかった。

初めての夜からイスハークに潰され、翌日起きたのは日も昇りきった頃。

だるい身体では動き回る気にもなれず、加えてイスハークの姿も見つからなかったので、その日は下の酒場で食事を摂っただけで後は部屋の窓から街を眺めていた。

そして夕方にイスハークが帰って来たかと思うと、夕飯もそこそこにベッドに連れ込まれたのである。

早い時間からのSEXは深夜にまで及び、その翌日は今までにないほど動けなくさせられてしまった。

そういったローテーションを繰り返すまま数日が経ち、拓深は街に来て余計に行動範囲が狭くなっていた。

それを不満に思うよりも先に、己の身体のひ弱さが情けなくなる。

イスハークとだけ性行為をするようになってからというもの、まともに一晩を越せた記憶が無い。

それは拓深の体力が落ちたからか、それともイスハーク一人で一晩分の客以上なのか。

身体も辛ければ喉も痛くて、けれど求められれば断れない。

脅されている訳でも強要されている訳でもないというのに断る事が出来ないのは、拓深自身がどうしても嫌だと感じていないからだ。

イスハークの事は好きだし、イスハークに甘い言葉を囁かれるのも好きだ。

一つ一つ上げていけばキリがない程、イスハークに与えられる好ましい行為は沢山ある。

客室に拓深が篭りっぱなしだというのに、この街の女性の誰の元にも本当に行っていないらしい事もその一つだ。

それは酒場で食事をしている拓深に、初めての日イスハークに群がっていた若い女の一人が嫌味ったらしく教えてくれた。

そんな事もあったな、と思いつつ客室でボウっとしているのにも飽きた拓深がのろのろと酒場に下りると、たまたまそこに居たジーノと、彼と仲の良い船員達が迎えてくれた。

もっとも、正確にはジーノが快く隣りの席に誘ってくれ、残り三人は恐々としながらそれを見守っていただけであるのだが。

「よう、拓深。今お目覚めかー?」

「・・・ううん。起きたのはもっと前だけど、ぼうってしてた」

「なんだぁ?船長にヤリ潰されたのか?」

ゲラゲラと下品に笑うジーノに対し真面目な頷きを返しつつ、拓深は空けてくれたジーノの隣りに座ると酒場の店主に気に入りのノーアルコールドリンクを頼んだ。

それを初めて飲んだのはベッドの上で疲れ果てていた拓深にイスハークが持ってきてくれたからで、以来拓深はそれを甚く気に入っている。

ホットミルクより濃厚で、ミルクティーにも似ているがそれにしては茶の味はしない。

木の実のような何かから出来ているらしく、グドルというそのドリンクも店主の手製だ。

船の上ではアルコールばかりで幸い酒にも強かったが、拓深は別に好きで飲んでるわけでも旨いと思い飲んでいる訳でもない。

進められるから飲む、それしかないから飲む、というだけだ。

程よい温かさのグドルが入ったカップを店主から受け取り唇をつけていると、左右からの強い視線を浴びせられていると気がついた。

ジーノではない船員らだ。

普段、拓深は船員達とあまり話をせず、船員らも拓深に話しかけて来ない。

それはイスハークが拓深と船員らとの接触を嫌がっていると知っているから、というのももちろんあったが、それよりも船員らは「船長の女」である拓深の扱いに困っているという方が大きいだろう。

興味だけはあるのだという視線に気づきながらも、あえて気にしないでいた拓深の肩をドンッとジーノが抱え寄せた。

「拓深、折角だ、挨拶しとけ」

「・・・。挨拶?」

「あぁ。お前俺以外とあんま喋らねぇだろ?この機会だ、皆と仲良くしろや。それとも嫌なのか?」

「嫌、じゃないけど」

嫌だと思うなら、船の食堂にも行かず、今もこうして人の近くに腰を据えたりしないだろう。

人との接し方が解らないので、これ幸いとイスハークの言葉に従い船員達とは話さずに居たが、その中で相手から話しかけてくれたからジーノとは良く話していたのである。

拓深が拒んだ事は一度も誰にもない。

「船長はあぁ言うがな、拓深はどうなんだ、ってずっと思ってたんだ。友達居なかったんだろ?居たら良いとは思うんじゃねぇのか?」

「思う、かな?」

「俺に聞くなよ。だが、これからうちの船に乗ってんなら、船長と俺としか話さねぇってのはつまんねぇだろ。航海は続くんだ、ずっとな」

「・・・。そっか」

ずっと、船に乗る。

改めて言われるまで考えはしなかたが、イスハークと一緒に居たいと考えているのならそういう事だ。

ならばジーノのいうように船員と仲良くしていた方が良いのではと、楽しいのではないかと思えた。

酒場でも船でも行われる宴。

遠くから見ている分にはとても楽しげなのだ。

言われるがまま素直に頷いた拓深はカップをカウンターに置くとジーノの眺め、そして興味深げにこちらを伺っていた船員らへと視線を移した。

年齢は二十代後半から三十代前半に見える男らが三名。

どれもこれもジーノに負けず劣らずの派手な髪色・服装で、腕に刺青が入っている者もいればピアスが嵌められている者も居る。

そして皆一様に屈強そうでありながら、イスハークを恐ろしく感じているようだ。

一通りを見た拓深は、何とあるわけではないカウンターに視線を留め、小さく頭を下げた。

「拓深です」

「ンな事知ってるてーの」

ようやく口を開いた拓深が名乗るやいなや、すかさずジーノが拓深の頭を軽く掠め叩く。

全く痛くはないが叩かれた感覚だけはしっかり伝わり、巧みはそこを抑えながらジーノを眺めた。

「・・・挨拶しろって言ったの、ジーノなのに」

「挨拶しろとは言ったが名乗れとは言ってねぇ。お前の名前なんてな、船員は全員知ってんだよ」

「そうなの?」

「当たり前だ。船長の女だぞ。知らねぇ訳ねぇ」

「そっか・・・・じゃぁ、えっと」

ならば何を言えば良い。

じっと、木目があるだけのカウンターを見つめていると、拓深より早く船員の一人が口を開いた。

ミントグリーンの髪をしたジーノより若い男だ。

見慣れた緑のビンを片手に、空いている片手を拓深に差し出した。

「俺、アイアスっていうんだ。よろしくな」

「おっ俺、リーンだ」

「俺はサンだ」

上ずりヒックリ返った声音で一人が言えば、それに倣えと残り二人も早口に名を告げる。

向けられた震える三つの手を代わる代わる見ていた拓深は、おろおろしながらジーノを見上げた。

これは何だ。

どうすれば良い。

無言の拓深に、けれどジーノはニッと笑った。

「握手だ、やっとけ。もし船長に何か言われても、俺らはともかくお前は咎められねぇだろ」

「・・握手」

そろそろと、目の前の指にそっと触れる。

イスハークとは違うその手はガサガサでごつく、日々重労働をしていると伝えられた。

遠慮がちな拓深の手をしっかりと痛い程に握り締め、アイアスはもう一度調子外れに「よろしく」と言った。

「僕も、よろしく」

リーンとサンと名乗った男達にも同じようにする。

彼らの手もアイアスと同じような印象で、イスハークとじゃれあっている時とはまるで違う、けれどどこかむず痒い感覚がした。

「さぁ!拓深も来たんだ、船長帰って来るまで飲むぞー」

「おー」

威勢良く音頭を上げるジーノに彼らもシェリー酒のビンを掲げ続く。

震える手やひっくり返った声はもう無くなり、ワイワイガヤガヤと皆好き勝手に喋り始めた。

こういう雰囲気は嫌いじゃない。

きっと好きな部類だ。

イスハークが帰ってきたなら是非それを伝えようと、カップからビンへ持ち替えた拓深は皆に倣い旨い安酒を飲んだのであった。