蒼穹を往く歌声     36



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

宿に戻らずバリアーカ・クイーン号へ向かった拓深とイスハークは、久しぶりの船長室で抱き合っていた。

イスハークが浴びたジッドの返り血を洗い流し、暴行を受けた拓深の治療もしている最中も、互いにどこか焦った印象があった。

早く触れ合いたくて、拓深の治療が終わるなり船医を船長室から追い出したのである。

「拓深、本当に・・・まだされていなかったのか?真実を聞かされても俺は怒らない」

「ううん。本当。・・もうちょっとだったけど、でも最後までされてないよ」

イスハークの裸の胸に頭を預ける。

ベッドの端に腰掛抱き合うと、心底安堵感を得られた。

やはり此処が好きだ。

イスハークの胸の中が、とても好きだ。

あの時、拓深がサーンに連れられ酒場を出た時、それをジーノの仲間で拓深とも仲良くしてくれているアイアスが見ていたらしい。

それまで拓深とはもちろん、アイアスやジーノともあまり親しい仲でなく、特別イスハークが信頼しているとも思えないサーンと拓深が一緒だというのに違和感を感じたようだ。

アイアスは直ぐさまその旨をジーノや仲間に伝え拓深を追いかけたが、闇に紛れた二人を探すのは困難で、間もなくしてイスハークにも事の成り行きが伝えられた。

捜索が大掛かりな物になろうとしていた、その時、港で雷鳴が轟いたのだという。

空を見上げると星の瞬く晴れた夜だというのに、港の──それも─極一部分だけ、まるで切り取られたかのように豪雨が降り注いでいたらしい。

明らかに異常な現象。

それはセイレーンの仕業だと、そこに拓深がいるのだと、イスハークは瞬時に感じ取り駆けつけた。

行ってみれば、突然の豪雨に見舞われている船は以前から良い仲ではなかった海賊船だとわかり、そしてあたかもイスハークがやってくる事が解っていたかのような態度の船員に確信を得、イスハークはガノン以下船員に船の壊滅を指示し乗り込んだのだ、というのが事の真相だという。

そしてその後は拓深の知るところだ。

船員らをなぎ倒しあの低層の小部屋にやって来たイスハークはジッドを切りつけ、拓深を救った。

あの後、一しきり拓深らが抱き合い終わった頃、タイミングを見計らっていたかのようなガノンが姿を見せ、イスハークは彼にジッドを任せると船を後にしたのである。

ジッドがこれからどうなるのかは解らない。

あの時点で既に死んでいたのか、まだかろうじて生きていたのかも不明で、イスハークが言っていたように「嬲り殺す」つもりなのかもしれない。

だが、拓深には興味のない事である。

殺されるのは可愛そうな気がしないでもないが、元々あれだけの傷を負わされているのだ、下手に生かされる方が辛いのではないかと思う。

「もっと、早く助けてやりたかった。傷を負わせてしまった」

「これぐらい大丈夫」

「馬鹿を言うな。あれだけのデブに圧し掛かられていたんだ、怖かっただろ?」

「うん、でも、大丈夫。今、イスハークが居るから。それでいい」

寄り添い、肌の密着を深める。

恐怖や痛みを感じなかったかと言えば嘘になるが、終わりよければ全て良し。

イスハークの胸で瞼を閉じる拓深に、彼は頭上でふと息を漏らした。

「それにしても、可愛かった」

「・・・え」

「初めて俺に笑顔を見せてくれた」

「ぁ・・・」

「もっと見たい」

「そんな事、言ったって・・・」

「俺と居ればいつでも笑っていたくなるようにさせてやる」

「うん・・・っぁ」

背に回されていたイスハークの腕が拓深をベッドへと押し倒し、そうされながら唇を奪われ、髪を梳かれた。

拓深自身としては、笑った事など頬を涙が伝った時のようにはっきりと理解出来た訳ではない。

ただ、イスハークがあまりに喜ぶものだから、もっとそうする事が───笑う事が出来ればな、と感じた。

「ぁっ・・・い、すはーく」

「拓深・・」

イスハークの熱い吐息が彼の感情の高まりを教え、何度も唇を啄ばまれ舌を絡み合わさせられると、無意識の嬌声が拓深の唇から零れる。

グズグズと甘く切ない感情に苛み、拓深はベッドにきちんと寝かされるなり、イスハークの足に足を絡めた。

「やけに積極的だな」

「もっと、触って欲しい。イスハーク、もっと僕を・・・僕を触って?」

こんな言葉を心の底から口にする日が来るなど、以前ではとても考えられなかった。

けれど今の拓深にはそれしかなく、もう、口先だけの演技こそ出来はしない。

「今日は優しくしたいんだ、煽らないでくれ・・・」

余裕無くイスハークが呟く。

ジッドに破られた衣類は捨てられ、今はイスハークが与えてくれた別の衣類を着ていたがそれを彼の手により丁寧に脱がされてゆく。

拓深もまた、身体を浮かせ脱がされるのを手伝う。

「・・・拓深」

天窓から星が降り注ぐイスハークの船長室。

所有の証が散りばめられた白い肌、所々に浮き上がる無残な打撲痕へ、イスハークは一つ一つ丁寧にキスを施していったのだった。